投稿の間隔が長く空いてしまい、申し訳ありません。
『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』のレビュー第十回を投稿します。
(各回をまとめたマガジンはこちらです。)
※ こちらのレビューは、非常に内容が濃い本書を私なりにまとめた「概要」です。
興味をお持ちになった方は、ご購入の上、本レビューを副読本的にお読みになることをお勧めします。
第3部 ストーリー設計の原則
9 幕の設計
【段階的な混乱】
前章では、ストーリー内のあらゆる出来事の発端となる「契機事件」に関して解説されています。
この「契機事件」に続く二段階目は「段階的な混乱」であると著者は言います。
このレビューを読んでいる方の多くは、シド・フィールドの著作等を通して「三幕構成」に関する知識をお持ちなのではないかと思います。
三幕構成でいう「第二幕」が、「段階的な混乱」にあたります。
「三幕構成」の原則に従えば、一幕、二幕、三幕の比率は「1:2:1」ということになります。
第二幕はストーリーの半分を占める部分であり、いわゆる”中だるみ”が起きやすい段階でもあります。
中だるみを避けるには、第二幕で起きる危機と、それに立ち向かっていく主人公のアクションを、段階的にレベルアップしなくてはならないわけです。
【葛藤の法則】
「主人公の葛藤が弱いと、脚本は面白くならない」ということは、あらゆるシナリオ教室で語られ、あらゆる作劇術の本に書かれていると思います。
本書でも「ストーリーにおける葛藤は、音楽における音と同等だ」と述べられています。
ストーリーの途中で主人公の葛藤が消えることは、音楽が途中で無音になることと同じ、というわけです。
【複雑さと複合性】
葛藤の「三つのレベル」については、前章までで何度か触れられています。
「内的葛藤(登場人物の心の内に秘められた葛藤)」
「個人的葛藤(恋愛等、個人間の親密な関係における葛藤)」
「非個人的葛藤(社会制度や環境に対する葛藤)」
という三つのレベルの葛藤があると著者は述べており、各レベルに限定して「複雑なストーリー」を作った場合について、以下のように解説しています。
自分の心の内でのみ起きている葛藤を言葉で表しただけでは、ストーリーにはならないということですね。
「『クレイマー、クレイマー』のフレンチトーストのシーン」とは、仕事一辺倒の主人公が、「息子と自分を置いて妻が家を出て行く」という事件に直面し、幼い息子のために朝食のフレンチトーストを作ろうとするという場面です。
主人公クレイマーは、息子の目の前でフレンチトースト作りに失敗することで、「家事など、たやすいこと」という傲慢な考えを打ち砕かれ、息子の信頼と尊敬を失い、敗北感にまみれながら「レストランへ行くぞ」と自宅を後にします。
未見の方は、ぜひご覧になってみてください。
【幕の設計】
私がシナリオ教室に通っていた頃、
「自分が描きたいのは、大きな葛藤や劇的な出来事ではなく、心が温かくなるような、ささやかなストーリー。そういう脚本があったって良いはずです」
と主張している女性がいました。
ですが、脚本家を目指すとなれば、まずはコンクール応募に向けて執筆するのが自然な流れであり、ほとんどのコンクールで求められるのは、1時間モノ、2時間モノの作品です。
その条件下で「大きな葛藤のない、ささやかなストーリー」を描くのは無理があります。
今、振り返ってみると、彼女は掌編小説やエッセイ的なもの書いた方が、自分の求める表現がしやすかったのだろうと思います。
仮にサブプロットを三つ設けるならば……という前提で、「多ければ四人の主人公がいるかもしれない」と著者は述べていますが、メインプロットで殺人事件の謎を解こうと奔走している主人公が、捜査の過程で出会った人物と恋に落ち、その恋愛パートがサブプロットになる(=メインプロットとサブプロットの主人公が同じ)といった場合もあります。
『フォー・ウェディング』のような五幕構成、『レイダース・失われたアーク』のような七幕構成、『コックと泥棒、その妻と愛人』のような八幕構成もあり得る、と著者は言います。
クリシェという言葉も、前章までにも何度か出てきています。
「ありふれた表現」といった意味です。
【設計のバリエーション】
幕の設計のバリエーションに関して、著者はさまざまな実例を挙げながら解説をした上で、以下のようにまとめています。
【見せかけの結末】
「E.T.は死んだ」と医師が宣告するシーンや、ターミネーターの体が燃え上がり、リースとサラが「倒した!」と喜び合うシーンなどが「見せかけの結末」です。
著者は、この「見せかけの結末」を使うのは例外だと述べています。
【幕のリズム】
「価値要素」については、第二章で以下のように説明されています。
具体例としては、「生/死」、「愛/憎」、「自由/隷属」、「真実/嘘」、「勇気/臆病」、「忠誠/裏切り」、「知恵/愚鈍」などが挙げられます。
ストーリーの流れのなかで、これらがプラスからマイナスへ、マイナスからプラスへと変化していくわけですが、最後の二つのクライマックスにおいては、変化の方向が違っていなければならない(=プラス→マイナス、あるいはマイナス→プラスでなくてはならない)ということです。
【サブプロットとマルチプロット】
メインプロットとサブプロットの関係、マルチプロットのさまざまなプロット同士の関係は、以下の四種類に分けられると著者は言います。
例えば、「愛は何よりも強い」という統括概念があるハッピーエンドのラブストーリーに、「お互い欲に駆られた恋人同士が、相手を裏切って破滅する」といったサブストーリーを加える、といったことです。
こうすることで、ご都合主義の甘いだけのストーリーになることを回避し、映画全体をより複雑で二面的なものにすることができます。
例えば『真夏の夜の夢』で描かれるさまざまなラブストーリーはいずれもハッピーエンドを迎えますが、その終わり方は滑稽だったり、おごそかだったりと多様性に富んでいます。
『ロッキー』や『チャイナタウン』は、メインプロットの契機事件が起きるのは冒頭から30分経過したあたりで、冒頭の30分はサブプロットによって観客を主人公とその世界に親しませる構成になっています。
これが最も重要だと著者は言います。
さらに著者は、「小説では交わっていたメインプロットとサブプロットが、そのままの構造で映画化すると、交わらなくなる場合がある」と述べています。
「メインプロットとサブプロットの交わりが、主人公の頭のなかでのみ行われている場合」にこの問題が起きるというのです。
小説内で主人公のが「頭のなかで考えたこと」を、そのまま映画のセリフにしたり、ナレーションにしたりしても、観客に伝わるわけではなく、「行動」として表現するのが重要だということです。
この目的で原作小説の構造を変えて映画化された作品として、著者は『蜘蛛女のキス』を挙げています。
原作小説では冒頭で「契機事件」が起きるのですが、映画版では、冒頭が単調になるリスクを取ってまで、「観客の共感を得ること」を優先し、「契機事件」の位置を変えています。
本書では、脚本執筆のさまざまなルールが解説されていますが、「これらは原則であって、公式ではない」ということも繰り返し語られています。
「ルールを守りさえすればよい」というものではなく、状況に応じて例外も存在するということです。
明確な目的がある場合には、原則をねじ曲げる場合もある、というわけです。
☆「第3部ストーリー設計の原則 10 シーンの設計」に続く
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脚本、小説のオンラインコンサルを行っていますので、よろしければ。
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※このブックレビュー全体の目次は以下の通りです。
第1部 脚本家とストーリーの技術
(1)ストーリーの問題
第2部 ストーリーの諸要素
(2)構成の概略
(3)構成と設定
(4)構成とジャンル
(5)構成と登場人物
(6)構成と意味
第3部 ストーリー設計の原則
(7)前半 ストーリーの本質
(7)後半 ストーリーの本質
(8)契機事件
(9)幕の設計
(10)シーンの設計
(11)シーンの分析
(12)編成
(13)重大局面、クライマックス、解決
第4部 脚本の執筆
(14)敵対する力の原則
(15)明瞭化
(16)前半 問題と解決策
(16)後半 問題と解決策
(17)登場人物
(18)ことばの選択
(19)脚本家の創作術
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