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ブックレビュー ロバート・マッキー著『ストーリー』(11)第3部 ストーリー設計の原則 シーンの分析

『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』のレビュー第十二回を投稿します。
(各回をまとめたマガジンはこちらです。)

※ こちらのレビューは、非常に内容が濃い本書を私なりにまとめた「概要」です。
興味をお持ちになった方は、ご購入の上、本レビューを副読本的にお読みになることをお勧めします。

第3部 ストーリー設計の原則
11 シーンの分析

【テクストとサブテクスト】

人格構造が精神分析によって解き明かされるように、シーンの内面構造も、似た質問をぶつけることで明らかにできる。
的確に問いかければ、欠陥に気づかずに読み流していたシーンが超スローモーションに分割されて、はっきりと姿を見せ、その秘密が明らかになる。
(P304より引用)

出来の悪いシーンで原因を見つけるためには、シーン全体を細かく分離しなくてはならない。
したがって、分析で最初にするのは、シーンのテクストをサブテクストから切り離すことだ。
テクストとは、芸術作品の知覚できる表層部分を指す。
映画の場合、それはスクリーンに映る映像や、ダイアローグと音楽と音響効果を合わせたサウンドトラックだ。
見えるもの。聞こえるもの。人がいうこと。人がすること。
一方サブテクストは、表現の下で息づくものだ。
言動によって隠された思考や感情で、本人が気づいている場合も気づいていない場合もある。(P304より引用)

ハリウッドでは古くから「シーンを説明するためのシーンなど、くそ食らえ」と言われている。
言い換えれば、含みのない書き方をすることであり、登場人物の心の底にある考えや思いをそのまま当人に語らせたり実行させたりする――サブテクストをそのままテクストに明示することでもある。(P305より引用)


ここで著者は、「含みのない、悪いシーン」の例として、以下のようなものを挙げています。

たとえば、こんなシーンを書くとしよう。
魅力的なふたりがテーブルに向き合ってすわっている。
テーブルにはキャンドルがともされ、その光でクリスタルのワイングラスがきらめき、恋人たちの潤んだ瞳が輝く。
そよ風でカーテンが揺れる。
ショパンの夜想曲が流れている。
ふたりはテーブル越しに手を伸ばして相手の指先に触れ、うっとりと見つめ合いながらささやく。
「愛してる、愛してる」まったくそのとおりだ。
こんなシーンを演じることはできない。
道で轢かれたネズミ並みの運命をたどることになる。(P305より引用)


このシーンには、サブテクストが存在しておらず、もし俳優にこのシーンを演じてほしい依頼したら、「拒否される」「何らかのサブテクストを加えることを求められる」「俳優が自分でサブテクストを織りこむ」のいずれかが起きるだろうと、著者は言います。

たとえば、キャンドルのシーンをどうしても演じなくてはならないとしたら、俳優はこう問いつめるかもしれない。
「どうしてこの映画にわざわざこんなシーンを入れるのか。キャンドルの光、静かな音楽、揺れるカーテンだって? なぜふつうのカップルみたいに、テレビの前へパスタを持っていかないんだ。ふたりの関係は何かおかしいんじゃないか?」と。
人生とはそういうものだろう。
キャンドルはどんなときに登場するものだろうか。すべてうまくいっているとき?
ちがう。うまくいっていれば、ふつうのカップルのように、テレビの前にパスタを持っていく。
そんなふうに考えて、俳優はサブテクストを作る。
すると、観客はこう思う。
「男は女を愛してると言ってるし、ほんとうにそうなのかもしれない。いや、ちがうな、女に振られそうなんだ。男は必死だ」
あるいは、サブテクストが異なれば、こう思う。
「男は女を愛してると言ってるけど、ちがうな。何か悪い知らせを告げようとしてる。別れ話を切り出すつもりだ」(P307より引用)


「演じる」ということは決して「覚えたセリフをただ口にして、ト書きに書かれた通りに動く」ということではありません。
力のある俳優は、脚本からサブテクストをつかみ取り、その上で演技に臨みます。
これは、「自分が書いた脚本を人に演じてもらう」という経験を初めてしたとき以来、私も1作品ごとに実感しています。

さらに著者は、映画『チャイナタウン』から「テクストの下に、サブテクストが埋めこまれているシーン」の実例を挙げています。

『チャイナタウン』でイヴリン・モウレーは「あの子はわたしの妹でもあり、娘でもあるのよ。父とわたしは……」と大声で言うが、「助けて」とは言わない。
しかし、この苦悩に満ちた告白によって、実は助けを求めている。
サブテクストは「夫を殺したのはわたしじゃない。殺したのは父よ……わたしの娘がほしかったから。わたしが逮捕されたら、娘は父のものになる。お願い、助けて」だ。
つぎのビートでは、ギデスが「きみはこの街を出るんだ」と言う。
筋が通らないようにも思える返答だが、完全に意味を成している。
サブテクストは「話はよくわかった。殺したのは君の父親だ。きみを愛してる。命を懸けてきみとキャサリンを守るよ。そして、やつを追う」だ。
これらすべてがシーンの下層に織りこまれているからこそ、含みのない嘘くさい会話にはならず、観客はふたりの言動に真実味を感じとり、深い部分を読みとる喜びを味わうことができる。(P309より引用)

登場人物は何をしてもいいし、何を語ってもいい。
だが、どんな人も完全に真実を語ったり、それを行動で示したりはできないし、少なくとも無意識の領域はつねに存在するのだから、脚本家はサブテクストを深層に埋めこむ必要がある。
そして、観客がそのサブテクストを感じとると、そのシーンは機能する。(P309より引用)


著者は、脚本家が原稿にサブテクストを埋めこむことを「人生で実際に起こりうるように書くということだ」とも表現しています。
誰しも、「思考や感情」と「発言や行動」が常に完全に一致することなどあり得ません。
従って、「脚本家がテクストの下にサブテクストを埋めこむこと」は、「作品にリアリティを持たせること」「登場人物を、生身の人間らしく描くこと」なのだと捉えると、個人的には非常にしっくり来ます。



【シーンの分析の技法】

シーンを分析するためには、さまざまな言語をテクストとサブテクストに切り分けなくてはならない。
正しい方法で分析すれば、欠陥がはっきりと見えてくる。
以下の手法は五つのステップから構成されていて、これらによってシーンに隠れているものを明らかにすることができる。(P311より引用)


「五つのステップ」とは、以下のようなものだと著者は言います。

ステップ1 葛藤を明確にする
ステップ2 最初の価値要素を確認する
ステップ3 シーンをビートに分ける
ステップ4 最後の価値要素を確認し、最初の価値要素と比較する
ステップ5 ビートを細かく調べ、転換点を見つける

その上で著者は、映画『カサブランカ』を例に取って、各ステップの詳細を解説しています。

『カサブランカ』のあらすじは、以下の通りです。

あらすじ
リック・ブレインは反ファシズムの運動家、イルザ・ラントは亡命中のノルウェー人だ。
1940年、ふたりはパリで出会う。恋に落ち、ともに時を過ごす。
リックはイルザに結婚を申しこむが、イルザは返事を避ける。
リックの名はゲシュタポの逮捕者リストに載っている。
ナチス侵攻の前夜、ふたりは駅で落ち合い、パリを脱出する約束をする。
だが、イルザは現れない。
リックは代わりに手紙を受けとる。
そこには、愛しているがもう会えない、と書かれていた。
一年後、リックはカサブランカで酒場を経営している。
(中略)
ある日、イルザが店に現れる。著名なレジスタンス指導者のヴィクトル・ラズロといっしょだ。
恋人たちは再会する。
カクテルを飲みながら軽い会話を交わしても、ふたりが特別な感情をいだいているのは明らかだ。
イルザはラズロとともに出ていくが、リックは暗いカフェで夜通し飲んで待っている。
日付が変わって数時間過ぎたころ、イルザが店にもどる。
リックはすっかり感傷的になり、かなり酔いもまわっている。
イルザは慎重にリックに打ち明ける。ラズロを尊敬しているが、愛してはいない、と。
だが、愛しているのはリックだとイルザが言う前に、酔ったリックは辛辣に、売春宿でよく聞く話だ、と言い捨てる。
(中略)
イルザは店から出ていく。
リックは酔いのなかで泣き伏す。(P314より引用)


上の「あらすじ」の翌日に、以下のような出来事が起きます。

翌日、イルザとラズロは、出国ビザを闇取引で手に入れようと出かける。
ラズロがカフェで交渉しているあいだ、イルザは通りにあるリネンの露天商で待っている。
ひとりでいるイルザを見て、リックが近寄る。(P315より引用)


これ以降のシーンを、著者は「五つのステップ」で分析していきます。

【ステップ1 葛藤を明確にする】

リックが登場し、このシーンを動かす。
(中略)
リックの欲求は明らかで、それは「イルザを取りもどすこと」だ。
リックの敵対する力の根源も明らかで、それもイルザだ。
(中略)
板ばさみになって苦しむイルザの欲求は「リックとの恋は過去のことにして、自分の道を進むこと」とまとめることができる。
ともに内的葛藤と格闘しながらも、ふたりの欲求は正反対だ。
(P315より引用)


【ステップ2 最初の価値要素を確認する】

「価値要素」という言葉は、これまでの章にも度々登場しており、以下のように解説されています。

「ストーリーを動かす価値要素」とは、人間の行動に見られる数々の普遍的な性質のことであり、プラスからマイナスへ、あるいはマイナスからプラスへと目まぐるしく変化する。(P47より引用)

「価値要素」の具体例は、「生/死」、「愛/憎」、「自由/隷属」、「真実/嘘」、「勇気/臆病」、「忠誠/裏切り」、「知恵/愚鈍」などです。

著者は、リックとイルザがリネンの露店で会話するシーンの「最初の価値要素」を以下のように分析しています。

このシーンを支配するのは「愛」だ。
前のシーンのリックの侮辱的なふるまいは、価値要素をマイナスにした。
しかし観客とリックは一縷の望みをいだいているため、それはプラスへ傾いていく。
ここまでのシーンでイルザは「ミス・イルザ・ラント」と呼ばれ、ラズロと旅をする独身女性という立場になる。
リックはそれを変えたいと思っている。(P315より引用)


【ステップ3 シーンをビートに分ける】

「ビート」という言葉もこれまでの章に度々登場しており、以下のように解説されています。

「ビート」とは、「行動(アクション)/反応(リアクション)」の組み合わせを言う。
ビートを重ねるごとに、行為の変化がシーンの転換点を作りあげていく。(P52より引用)

この前提で著者は、リックとイルザがリネンの露店で会話するシーンを、以下のようにビートに分けています。

ビート1
〇屋外 市場――リネンの店
アラブ人の露店には、「ランジェリー(リネン製品)と書かれた看板がかかっている。男がイルザにレースのベッドシーツを見せている。

  露天商のアクション:売る。

アラブ人「こんないい品は、モロッコのどこへ行ったってお目にかかれませんよ、マドモアゼル」

そのとき、リックがイルザの後ろへ歩いてくる。

  リックのアクション:イルザに近づく。

イルザは振り向かないが、リックの存在を感じとる。レースに興味を持っているふりをする。

   イルザのリアクション:リックを無視する。  

アラブ人は七百フランと書かれた値札を見せる。

アラブ人「たったの七百フラン」
――――――――――――――

ビート2
リック「だまされるなよ」

  リックのアクション:イルザを守る。

イルザはすぐに気持ちを切り替える。リックを一瞬見たあと、よそよそしい態度でアラブ人のほうへ向きなおる。

イルザ「どうぞおかまいなく」

  イルザのアクション:距離を縮めようとするリックを拒絶する。 

イルザをラズロから奪うために、リックがまずしなくてはならないのは、気まずい雰囲気を和らげることだが、前のシーンでの諍いと怒りの気持ちを考えると、簡単ではない。
リックの忠告はアラブ人露天商への侮辱ともとれるが、商人自身は腹を立てていない。
だが、そのことはサブテクストでは別の意味を持つ。
イルザとラズロとの関係を表すことばだ。
(P316~317より引用) 


この後もさまざまなビートが展開して行き、シーンの終盤には以下のようになります。

ビート10
リック「おれはもう逃げまわってない。いまはここに落ち着いた。実は店の上に住んでるんだ――階段をのぼればいい。そこで待ってる」

  リックのアクション:セックスをほのめかして誘う

イルザは視線を落とし、リックに背を向ける。
イルザの表情は帽子の広いつばで隠れて見えない。

  イルザのリアクション:表情を隠す。

イルザは否定したが、気持ちは反対に傾いているとリックは感じとる。
愛を交わしたパリの日々をリックはよく覚えていて、ラズロは冷たく近寄りがたい男に見える。
そこでリックは危険を承知で、通りにいながら誘いの言葉をかける。
これも、うまくいく。
イルザもパリでのことを覚えていて、赤くなった顔を帽子のつばの下に隠す。
一瞬、リックはイルザに手が届きそうだと感じる。
だが、リックは言ってはいけないことを言ってしまう。
――――――――――――――

ビート11
リック「どうせ、いつかきみはラズロをだまして――きっとあそこへ来る」
  
  リックのアクション:イルザを娼婦呼ばわりする。

イルザ「いいえ、リック。だってヴィクター・ラズロはわたしの夫よ。あのころ……(間、冷めた口調で)……パリであなたと会ってたときも」

  イルザのリアクション:事実を告げて、リックの望みを打ち砕く。

落ち着いた態度でイルザは歩き去る。残されたリックは茫然としたまま、去っていくイルザを見つめる。

リックはイルザに捨てられたときの苦痛をしまいこむことができない。
前のシーンのクライマックスと同じように、侮辱のことばをぶつけ、イルザがラズロを裏切ってふたたび自分と寝るとほのめかす。
またもふしだらな女と言われ、イルザは最も残酷なことを最も残酷な方法でリックに告げる。
重要なのは、告げたのは事実の半分だけだったことだ。
そのときは夫が死んだと思っていたのだが、そのことは言っていない。
それを伝えずに去って行くことで、リックに最悪の想像をさせる。
イルザは既婚者でありながらパリでリックをもてあそび、夫がもどったのでリックを捨てた。
だから、リックへの愛はすべてまやかしだった、と。
観客はサブテクストから事実はそうではないと知るが、リックはどん底へ突き落される。(P323~324より引用)



【ステップ4 最後の価値要素を確認し、最初の価値要素と比較する】

ステップ2にある通り、このシーンでの「価値要素」は「愛」です。

メインプロットが大きく方向を変え、希望あるプラスから、リックが想像もしていなかった真っ暗なマイナスへ転換する。
というのも、イルザは、もうリックを愛していないとはっきり伝えただけでなく、これまでも愛していなかったとほのめかしたからだ。
(P325より引用)



【ステップ5 ビートをくわしく調べ、転換点を見つける】

1 イルザに近づく/リックを無視する
2 イルザを守る/リック(とアラブ人)を拒絶する
(中略)
10セックスをほのめかして誘う/表情を隠す
11イルザを娼婦呼ばわりする/リックの望みを打ち砕く
(P325~326より引用)

第11ビートの中ほどで、ギャップが生じる。
イルザがラズロの妻でありながらリックと関係を持ったことがわかる場面だ。
その瞬間まで、リックはイルザを取りもどせるかもしれないと期待していたが、この転換点で望みは絶たれる。(P326より引用)


欠陥があるシーンについては、これら「五つのステップ」で分析すれば問題点が浮き彫りになるというわけです。

出来の悪いシーンでは、欲求が対立しないために、葛藤が生じないことがある。
また、くどい反復や堂々巡りのために話が進展しなかったり、転換点が早すぎる、または遅すぎるために釣り合いが悪かったり、あるいはダイアローグとアクションに「含みがない」ために信憑性に賭けたりということもあるかもしれない。
しかし、そういう場合は、問題のシーンのビートをシーンの目的に対比させてたしかめ、シーンを分析してから、言動を変えて欲求に合わせる、もしくは欲求を変えて言動に合わせるようにして書きなおせば、シーンに命を吹きこむことができるだろう。(P346より引用)

☆「第3部ストーリー設計の原則 12 編成」に続く

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※このブックレビュー全体の目次は以下の通りです。
第1部 脚本家とストーリーの技術
(1)ストーリーの問題

第2部 ストーリーの諸要素
(2)構成の概略
(3)構成と設定
(4)構成とジャンル
(5)構成と登場人物
(6)構成と意味

第3部 ストーリー設計の原則
(7)前半 ストーリーの本質
(7)後半 ストーリーの本質
(8)契機事件
(9)幕の設計
(10)シーンの設計
(11)シーンの分析
(12)編成
(13)重大局面、クライマックス、解決

第4部 脚本の執筆
(14)敵対する力の原則
(15)明瞭化
(16)前半 問題と解決策
(16)後半 問題と解決策
(17)登場人物
(18)ことばの選択
(19)脚本家の創作術

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