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ブックレビュー ロバート・マッキー著『ストーリー』(7)前半 第3部 ストーリー設計の原則 ストーリーの本質 

更新の間が空いてしまい、申し訳ありません。
『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』のレビュー第七回を投稿します。
(各回をまとめたマガジンはこちらです。)

※これまで1章分ごとにレビューをしてきましたが、第7章にあたる『第3部 ストーリー設計の原則 7 ストーリーの本質』はボリュームが大きいため、投稿を前、後半に分けます。
この投稿は「前半分」です。

※ こちらのレビューは、非常に内容が濃い本書を私なりにまとめた「概要」です。
興味をお持ちになった方は、ご購入の上、本レビューを副読本的にお読みになることをお勧めします。

第3部 ストーリー設計の原則
7 ストーリーの本質(前半) 

本章は、著者から読者への以下の問いかけから始まります。

考えてみると、映画を観る行為は何とも奇妙だ。
知らない者同士が何百人か集まって、暗い室内で肘と肘を突き合わせて、二時間かそれ以上すわっている。
トイレへも行かず、一服吸いもしない。
その代わりに、目を大きく開いてスクリーンを見つめ、仕事で発揮する以上の集中力を注ぎつづけ、実生活ではなんとしても避けたいような感情を体験するために金を払う。
(中略)
観客からそのような強靭な精神力と繊細な注意力をどうやって引き出すのか。そして、ストーリーはどのように作用するのか。
(P165より引用)

問いの答えは、創作の過程を主観的に探究することで見つかる。
(中略)
登場人物になりきって、その目を通して世界をながめ、実際の登場人物のようにストーリーを体験するといい。
主観的で想像力豊かな視点を得るためには、なりきるつもりの登場人物、特に主人公をじっくり観察しなくてはならない。(P165より引用)

……ということで、「主人公」に関する考察が始まります。

【主人公】

すべての主人公はいくつかの顕著な特徴を持っている。第一は「強い意志」だ。

主人公は意志の強い人物である。(P167より引用)

この引用を読んで、「必ずしもそうじゃないのでは?」と思う方もいらっしゃるでしょう。
「優柔不断で、意志が弱い主人公だっているんじゃない?」と。
その点に関して、著者は以下のように述べています。

真の強さを受け身の性格の奥に隠してもいい。
『欲望という名の電車』(51)の主人公・ブランチ・デュボアを見てみよう。
一見すると、彼女は弱々しく、意志もなさそうで、ただ現実的な暮らしを望んでいるだけだ。
けれども、その弱々しい性格描写の奥で、ブランチの実像が無意識の欲求を突き動かす強い意志を支配している。(P167より引用)

主人公を突き動かす強い意志を当人が自覚していない場合もある、ということですね。
私の解釈を付け足すならば、主人公は必ずしも「人生全般を強い意志を持って生きている人」でなくても良いと思います。
主体性なく生きていた人物が、何かのきっかけで強い意志を持ち、自分でも驚くほどの欲求に突き動かされる姿は劇的ですし、その部分を描くのであれば”主人公としての資格”を持つ人物となるはずです。
例えば、監督:黒澤明、脚本:橋本忍の名コンビによる映画『生きる』の主人公がこのパターンですね。

「意志の強い人物である」という事以外にも、主人公には以下のような条件が必要だと著者は述べています。
補足もはさみながら、列挙していきます。

主人公は自己矛盾した無意識の欲求を持っていてもいい。
(P168より引用)

「魅力的な主人公は多面性を持ち、意識的な欲求と潜在的な欲求が矛盾していることが多い」と著者は言います。

主人公が欲求の対象を追い求めることに無理があってはならない。
(P168より引用)

主人公には、少なくとも一度は欲求に到達するチャンスが訪れる。
(P169より引用)

第1章で著者は、ストーリーは人々にとってさまざまな人生の疑似体験であると述べています。
観客は誰もが何らかの希望を抱いて生きているため、希望を叶える可能性がゼロの主人公には興味が持てない、というわけですね。

主人公はストーリーの最後の最後まで、設定とジャンルによって定められた限界まで、意識的、無意識的な目標を追い求める意志と能力を持っている。
(P169より引用)

観客がストーリーを通して疑似体験したいのは「主人公のほどほどの人生」ではなく、「ぎりぎりまで振り切った振り子のような、人生で最も強烈な瞬間」であるということです。

主人公は共感できる人物でなくてはならない。好感が持てるかどうかは問題でない。
(P170より引用)

これが最も重要で、且つ書き手を目指す人が誤解しやすいポイントではないかと私は思います。

観客が自分と主人公のあいだに築く共感のつながりについては、「身につまされる」「心がかよう」などの言い方があるだろう。
感動のあまり、作中の全登場人物に共感する人もいるかもしれないが、まずは主人公に共感させなくてはならない。
でなければ、観客とストーリーの絆が断ち切られてしまう。
(P171より引用)


【観客との絆】

共感は不可欠で、好感は必須ではない。
人好きはするが同情は誘わない人物に出会った経験はだれでもあるだろう。したがって、主人公は愛すべき人柄であってもなくてもかまわない。
好感と共感のちがいがわからない脚本家は、主人公がいい人でないと観客が心情的につながりを持てないと考えて、なんの工夫もなく好人物のヒーローを作り出す。
(中略)
好人物だからと言って、観客が感情移入するとはかぎらない。それは主人公の性格描写のほんの一面にすぎないからだ。
観客はその人物の奥底にある実像に共鳴し、緊迫した状況での選択であらわになる本来の性質に感情移入する。(P172より引用)

脚本家志望の人と話をしていると、
「主人公に不道徳な言動をさせることを怖がり過ぎでは?」
と感じるときがあります。
自分が描くストーリーの主人公が、観客から嫌われることを怖れ、「正しい行いをする人」「誰からも愛される立派な人物」でなくては……と考えてしまうのは、著者の言う「共感と好感のちがいがわかっていない状態」に陥っているということなのでしょう。

【登場人物の世界】

登場人物の世界は、ありのままの自我や意識を中心にした三つの同心円で表すことができる。
それぞれの円は登場人物の人生の葛藤レベルを区分けするものだ。最も内側の円(すなわちレベル)はその人物の自我と、本人の核心的要素――知性、肉体、感情――から生じる葛藤とを示している。
(中略)
登場人物の世界でいちばん内側にある厄介な円は、まさしくその人自身だ。
感覚と感情、知性と肉体のどれもが、ある瞬間からつぎの瞬間にかけて、予想通りに反応するかもしれないし、しないかもしれない。往々にして、自分にとっての最大の敵は自分自身である。
(P176より引用)

「安定した職を捨てて、大きな夢を叶えるために挑戦するぞ!」
と自分で決断したはずなのに、困難に直面すると、
「こんな不安定な暮らしは止めるべきでは?」
と思ってしまう自分がいる。
「絶対に目標を達成するぞ!」と心は思っているのに、体力がついてこない。
……といった具合に、「自分自身が自分の最大の敵」となる場面は、現実の人生のなかでもよくありますよね。

この「内的葛藤」の他に、二種類の葛藤が存在すると著者は述べています。

二番目の円は、社会的役割を超えた個人間の親密な関係を示している。
われわれは社会的な習慣によって、演じるべき外側の役割を割り振られる。
(中略)
慣習的な役割を取り払ってはじめて、家族や友人や恋人とのほんとうの親密さが見つかるが、相手から期待どおりの反応が返ってこないとき、二番目のレベルの個人的葛藤が生じる。(P177より引用)

三番目の円は、対立の原因がすべて個人的関係の外側にある、非個人的葛藤を示している。
社会制度と個人のあいだの葛藤には「政府/市民」「教会/信者」「企業/顧客」などがあり、個人同士の葛藤には「警官/犯罪者/犠牲者」「上司/部下」「客/ウェイター」「医師/患者」などがあり、物理的環境(人工、自然の両方)との葛藤には、時間や、空間やそこに存在するあらゆるものが考えられる。(P177~178より引用)


【ギャップ】

ストーリーは主観的領域と客観的領域が接する場所で生まれる。
(P178より引用)

世界から返ってくるリアクションが主人公の行く手を阻み、裏を掻き、屈折させて、アクションを起こす前より遠くへと退ける。
協力を呼び起こすはずが、敵対する力が引き起こされ、主観的な予想と客観的な結果のあいだにギャップが生まれる。
アクションを起こしたときの予測と実際の出来事のあいだ、目算と現実のあいだと言ってもいい。
(P178より引用)

主人公にとっての「理想と現実のギャップ」がストーリーを動かし、主人公に次なるアクションを起こさせる、ということです。

第二のアクションは、登場人物が最初は起こそうとしなかったものだ。
さらなる意志の力が要求され、人としての能力をいっそう深く掘り起こす必要があるからだが、何より重要なのは、この二番目のアクションが大きなリスクをともなうことだ。何かを得るためには何かを失うしかない。
(P180より引用)

ここは非常に重要なポイントです。
「主人公のアクションにともなうリスク」の大きさが、ストーリーの面白さと直結するからです。

【リスクを負う】

どんなストーリーにもあてはまる簡単なテストがある。
こう問いかけるといい。ここでのリスクは何か。
望んだものを得られなければ、主人公は何を失うのか。もっと具体的に言うと、欲求を満たせない場合、主人公に起こる最悪の事態はどんなものか。
この問いに説得力のある答えを返せなければ、そのストーリーには本質的な欠陥がある。
たとえば、「主人公が失敗したら、通常の人生にもどる」という答えなら、そのストーリーは語るに値しない。
それでは主人公が望むものに真の価値がないことになるが、ろくな価値のないものを追い求める者のストーリーは退屈と相場が決まっている。
(P180~181より引用)

この、「ストーリーにおけるリスクの重要性」に関しては、私の過去の投稿『ご質問にお答えします! 葛藤を描くコツは?』でも触れていますので、よろしければ参考になさってください。

登場人物が持つ欲求の価値の大きさは、それを達成するために追うリスクと比例する。
価値があればあるほど、リスクも大きくなる。(P181より引用)


【ギャップの連鎖】

「理想と現実のギャップ」と「それに対する主人公のアクション」は連鎖していく、と著者は述べています。
最初のアクションが新たなギャップの出現を引き起こし、それに対する主人公の第二のアクションがさらに大きなギャップを生み、第三のアクションへ……と連なっていくわけです。

一方にわれわれが信じる世界があり、他方に真の現実がある。
このギャップこそがストーリーの核心であり、物語を煮詰める大釜である。
(P184より引用)

「ギャップこそがストーリーの核心であり、物語を煮詰める大釜」
大事なことなので、二度書いてみました。
心に刻みたい名言です。

脚本家はそこで人生を転換させる最も力強い瞬間を見つけ出す。
このきわめて重要な分岐点にたどり着く唯一の手立ては、ストーリーを内側から書くことだ。
(P184より引用)


【内側から描く】

感情の真実に関して、信頼できる唯一の情報源は自分自身だ。
あなたが登場人物の外側にとどまったままなら、感情にまつわるクリシェを書くことは避けられない。(P185より引用)

「クリシェ」という言葉はここまでにも何度か出てきていますが、「ありきたりな表現」といった意味です。
書き手が登場人物を外側から客観視しているだけでは、ありきたりな感情表現しかできない、ということですね。

人間らしい反応を描くには、登場人物はもちろん、自分自身の内面にもはいりこむ必要がある。
では、どうすればいいのか。机について登場人物の頭のなかへはいりこんで、心臓が激しく打ったり、手のひらに汗がにじんだり、胃が締めつけられたり、目に涙が浮かんだり、腹の底から笑ったり、性的に興奮したり、怒りや憐れみや悲嘆や喜びなど、さまざまな反応を感じとるにはどうしたらよいのだろう。(P185より引用)

これをお読みになっているみなさんは、執筆中に「心臓が激しく打ったり、手のひらに汗がにじんだり」といった経験をされているでしょうか?
書き手が、真に登場人物の内面に入り込めているかどうかは、この種の身体的な反応の有無で見分けられる、というのが著者の考えなのでしょう。

では、具体的にどうすれば登場人物の内面に入り込めるのか?
著者の意見は次の通りです。

問いかけるべきことばは「自分がこの登場人物で、こんな状況に置かれたら、どうするだろう」である。
スタニスラフスキーの「魔法のもしも」を用いて、その役を演じるのだ。
(中略)
あるシーンが作り手にとって感情的に意味を持つのなら、観客にとっても意味を持つだろう。
自分自身が感動できる作品を生み出せれば、観客を感動させることができる。(P186より引用)

スタニスラフスキーとはロシア革命前後に活躍したロシア人演出家で、「魔法のもしも」は、彼の著書『俳優修業』に登場する言葉です。
「魔法のもしも」に関しては、下の私の投稿をお読みいただくと良いかと思います。

☆「第3部ストーリー設計の原則 7ストーリーの本質 後半」に続く

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脚本、小説のオンラインコンサルを行っていますので、よろしければ。

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※このブックレビュー全体の目次は以下の通りです。
第1部 脚本家とストーリーの技術
(1)ストーリーの問題

第2部 ストーリーの諸要素
(2)構成の概略
(3)構成と設定
(4)構成とジャンル
(5)構成と登場人物
(6)構成と意味

第3部 ストーリー設計の原則
(7)前半 ストーリーの本質
(7)後半 ストーリーの本質
(8)契機事件
(9)幕の設計
(10)シーンの設計
(11)シーンの分析
(12)編成
(13)重大局面、クライマックス、解決

第4部 脚本の執筆
(14)敵対する力の原則
(15)明瞭化
(16)前半 問題と解決策
(16)後半 問題と解決策
(17)登場人物
(18)ことばの選択
(19)脚本家の創作術

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