#こころ
夏目漱石の『こころ』をどう読むか478 Kに友人はいたか、いないか?
Kに友人はいたか、いないか?
全ての漱石論者が誤読を繰り返す理由の一つに、夏目漱石の書き方が「はっきりしていない」「書かれている事実が明瞭ではない」ということが確かにある。
例えば、この問題。本文を引用して設問したとして、正答率はいかほどだろうか?
いやそもそも出題側で正解が用意できるだろうか?
同様のことがこの「Kに友人はいたか、いないか」問題に関しても言える。どうしても作品の中の
夏目漱石『こころ』における罪の構造
夏目漱石『こころ』における罪の構造
飼育される静
これまで繰り返し論じられてきた夏目漱石の『こころ』における罪の構造に関して、真砂町事件に関する嫉妬心が死ぬまで先生の心から消えないからくりに言及されたことがあっただろうか。また冒頭のすがすがしさや、先生が「私」によって全肯定される意味について、明確にされたことがあっただろうか。この二点について論じるためには、まず『こころ』が書かれている現時点に