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アンドレアス・ドレーゼン『ミセス・クルナス vs. ジョージ・W・ブッシュ』ラビエ・クルナズと国家の1800日戦争

2022年ベルリン映画祭コンペ部門選出作品。今回で四度目の選出というベテランで、脚本賞と主演俳優賞を受賞している。2001年10月3日、ブレーメンのクルナズ家は食事の支度が終わって、母親ラビエが長男ムラトを呼んでいる。しかし、次男と三男は家にいるが、ムラトだけは反応しない。やがて、彼がセダトという友人と共に、"コーランを学ぶために"パキスタンまで旅していたと知る。しかし、セダトはフランクフルトで借金踏み倒しがバレて捕まっており、パキスタンに辿り着いたのはムラト一人だった。そして、どうやらムラトは"タリバンと接触してアメリカと戦争するために"パキスタンを訪れたらしく、そのままグアンタナモ収容所に収監されたと連絡が入る。本作品は、トルコ移民の主婦ラビエ・クルナズが、ドイツ人弁護士ベルンハルト・ドッケと共に、ムラトを解放するために世界政治の中枢に飛び込んでいく物語である。控えめなドッケとは対照的にユーモラスなラビエの存在によって、ともすれば陰鬱になりそうな物語はコミカルで明るく騒々しいものになっているが、ムラトが家族ビデオの中にしか登場しないのも相まって、なんのために戦ってるか判然としなくなる瞬間もしばしば訪れる。まぁ四六時中ムラトを想っていても映像には出来ないし、グアンタナモに会いに行けるわけでもなく、しかもドイツにいる残された家族の生活は続いていくわけで、ラビエの目線でムラト勾留から解放までを描くならこうなるしかないのは分かっているが、なんだかボンヤリしてしまっているのは否めない。加えて、ムラトのために戦った1800日間があっという間に過ぎていくので、全体的に味気ない印象を受ける。似たように裁判の一部始終をテンポよく紡いでいく作品としてサンティアゴ・ミトレ『アルゼンチン1985』を思い出したが、同作はある種のヒーロー映画のような側面があったのに対して、本作品は"大臣に手紙を出した"という事後報告のみで基本は待ってるだけで、しかも返事を待つもどかしさなどは容赦なく端折るので、物語がダイジェスト的になるよう運命付けられているのかもしれない。

ベルリン映画祭がこの映画をコンペに選ぶというのは、明らかにここ数年の転換路線から逆行していて、"高い社会性と薄い映画性"という所謂"ベルリン的な"路線に戻っているのではないか?と危惧している。これでコンペは10本目だが、方向性が若干違うだけでレベルが元通りになりつつある…去年の奇跡は一体何だったんだ?

・作品データ

原題:Rabiye Kurnaz gegen George W. Bush
上映時間:119分
監督:Andreas Dresen
製作:2022年(フランス、ドイツ)

・評価:50点

・ベルリン国際映画祭2021 その他の作品

★コンペティション部門選出作品
1 . カルラ・シモン『Alcarràs』スペイン、ある桃農家一族の肖像
2 . カミラ・アンディニ『ナナ』1960年代インドネシアにおけるシスターフッド時代劇
3 . クレール・ドゥニ『愛と激しさをもって』生まれ変わった"私たちは一緒に年を取ることはない"
6 . リティ・パン『すべては大丈夫』リティ・パンはお怒りのようです
7 . パオロ・タヴィアーニ『遺灰は語る』兄ヴィットリオ・タヴィアーニに捧ぐ物語
8 . ウルスラ・メイエ『The Line』スイス、トキシックな家族関係について
9 . ホン・サンス『小説家の映画』偶然の出会いの連なり
11 . ミカエル・アース『午前4時にパリの夜は明ける』人生の中で些細な瞬間を共有すること
12 . フランソワ・オゾン『苦い涙』ピーター・フォン・カントの苦い涙
13 . ミヒャエル・コッホ『A Piece of Sky』スイス、変質していく男と支え続ける女
14 . アンドレアス・ドレーゼン『クルナス母さんvs.アメリカ大統領』ラビエ・クルナズと国家の1800日戦争
15 . リー・ルイジュン『小さき麦の花』中国、花と円形は愛のしるし
16 . ウルリヒ・ザイドル『Rimini』"父親"を拒絶し、"父親"となる歌手の兄
17 . ナタリア・ロペス・ガヤルド『Robe of Gems』メキシコ、奇妙に交わる三人の女性の物語
18 . ドゥニ・コテ『That Kind of Summer』カナダ、性欲過剰者の共同生活から何が見えるか

★エンカウンターズ部門選出作品
1 . アルノー・ドゥ・パリエール『American Journal』フランス、独り善がりなシネマエッセイ
3 . Jöns Jönsson『Axiom』ドイツ、嘘とパクリで構成された人生
4 . Syllas Tzoumerkas&Christos Passalis『The City and the City』テッサロニキとユダヤ人の暗い歴史
5 . ベルトラン・ボネロ『Coma』停止した"現在"は煉獄なのか
7 . Kivu Ruhorahoza『Father's Day』ルワンダ、"父親"を巡る三つの物語
11 . アシュリー・マッケンジー『Queens of the Qing Dynasty』カナダ、"期限切れ"の未来
13 . 三宅唱『ケイコ 目を澄ませて』聾唖のボクサーの日記

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