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2022年2月の記事一覧

【掌編小説】騒がしい知識

【掌編小説】騒がしい知識

 二十一世紀の初めの頃、世界人口の増加ペースに食料生産能力がいよいよ追いつかなくなったと分かったときに、一部の富裕層は自らを電子データに変換することを決断した。彼らはデータ生命と呼ばれている。

 インタビュアーが感心した様子で話す。

「凄い決断でしたね」

「ところがそういう訳でもなくてね。ヨガやらゼンやらのブームと同じくらいの感覚で、『食糧難の時代到来。いまこそ肉体を捨ててクールでスマートな

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【掌編小説】けなげな鍵

【掌編小説】けなげな鍵

 ちょっと聞きたい。あなたは忘れ物をしやすい人かい? もしそうなら俺と同類なんだが、思うにそういう人は、基本的に適当なのだ。適当にぽいっと置いてしまうからすぐに物を無くしてしまう。それが良くない。まあ色々と忘れ物をしてしまうのだが、よく無くすのは鍵だ。もちろん無くしてしまう俺が悪いのだが、だいたいあのサイズがよろしくない。すぐにそこらの隙間に入り込んでしまって、どこに行ったか分からなくなる。

 

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【掌編小説】十二様

【掌編小説】十二様

ひとつ。

「ねえ、十二様って知ってる?」

ふたつ。

「山の神様らしいんだけど」

みっつ。

「女神様で、一年に十二人の子どもを産むんだってさ」

よっつ。

「だから山の神様の祭りには十二個の餅を供えるらしいよ」

いつつ。

「それとさ」

むっつ。

「山に入るときは十二人にならないようにするんだって」

ななつ。

「山の神様が、自分の子どもと勘違いするかららしいよ」

やっつ。

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【掌編小説】フラッシュバック

【掌編小説】フラッシュバック

バシャッ、と頭の中でフラッシュが閃く。

ーーーーああ、まただ。

私は一人、溜息を吐く。私の意思とはまったく無関係に、過去の瞬間が鮮明に頭の中で再生される。皮膚に感じる温度や空気、匂いまでもが再現されて、私をその瞬間へと強制的に引き戻してしまう。

運転席でハンドルを握る私の横で、甘い笑みを浮かべているのは恋人の聡士だった。こちらを見つめるその瞳はどこまでも嘘がないように見える。私はその瞬間、確

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