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介護の言葉㉘「認知症」という呼び方の再考

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 初めて、読んでくださっている方は、見つけていただき、ありがとうございます。
 私は、臨床心理士・公認心理師越智誠(おちまこと)と申します。


「介護の言葉」

 この「介護の言葉」シリーズでは、介護の現場で使われたり、また、家族介護者や介護を考える上で必要で重要な「言葉」について、改めて考えていきたいと思います。
 時には、介護について直接関係ないと思われるような言葉でも、これから介護のことを考える場合に、必要であれば、その言葉について考えていきたいとも思っています。

 今回は、介護に関わったら、必ず聞いたことがある言葉ですし、完全に定着しているのですが、もう一度、その用語を考え直したいと思いました。

認知症、という呼び方

 認知症という呼び方は、すっかり定着しました。

 以前は、痴呆(症)という名前で、その呼称自体に、場合によっては差別的な感情が起きやすい意味があったと思うので、その名前が変わったのは、基本的にはいい変化ではないかと思いました。

 ただ、認知症という名前が広く知られるようになったのですが、時々、認知症という症状への理解は、これからの課題ではないか、と思われるような言葉を時々聞くようになりました。

 それが「認知が入っている」という言葉です。

 その使い方は、かつての「痴呆」と、「認知」を同じような意味合いと考えて使っているように思えます。

 この記事↑では、「認知症」という名称は一般的に広がり、その役目は果たしたので、次は、正しい意味を広げるための改称を、をそろそろ考えてもいいのではないか、という話を書きました。

「認知症」という呼び方、になった経緯

 今、認知症という呼び方が浸透したのは、痴呆(症)という名称を覆い隠すという意味でも、大きい功績があったのは間違いありません。ただ、認知症という言葉は、日本語の意味として考えると、かなりの無理があるのではないでしょうか。

 もともと、そうした議論はありました。

「認知症」は日本語としてどうかという意見や、拙速に決めすぎだという意見もありましたが、ボク自身は認知症がよいと思っていました。痴呆は二文字です。これを四文字にするとなると、長すぎます。三文字なら短くてわかりやすい。認知機能が障害を受けるわけだから認知症がよいのではないかと思って、あらかじめ専門医、教授に聞いて回りました。「どうだろうか」というと、みんな、「それはいいんじゃないですか」というから、そうしたのです。一二月末に報告書が出て、以降、すっかり認知症という言葉が浸透しました。

(「ボクはやっと認知症のことがわかった」より)

 この中で「認知機能障害が障害を受ける」が「認知症」という呼び方につながるのは、専門家の間では自然なことなのかもしれませんが、一般的には飛躍がありすぎて、理解や納得が難しいことのように思います。

「認知症」が「認知機能の障害」であることが、名称だけでは一般にはわかりにくく、そのため「認知」という言葉の意味が、本来とは違った理解をされるようになっているとも感じています。

 結果として、「認知症」という呼び方に、どこか分かりにくい印象がついてしまった部分もあるのではないでしょうか。そのため「認知が入っている」という言い方がされるようにもなっているのだとも思います。

 もちろん、すでに定着した呼び方を、さらに変えることは、いろいろな意味で難しく、こうした提案を私のような人間がする資格はないのかもしれませんが、介護者支援を10年続けてきて、やはり、名称が、その症状の特徴を(わかりやすく)そのまま表すものとした方が、正しい理解を広めるためには必要だと考えています。

 呼び方の浸透を第一段階とすれば、「正しい理解」という第二段階のためには、呼び方の再考が必要ではないか、と感じたのは、さらに登場した新しい用語のこともありました。

軽度認知障害

 軽度認知障害は正常と認知症の中間ともいえる状態です。その定義は、下記の通りです。

1. 年齢や教育レベルの影響のみでは説明できない記憶障害が存在する。
2. 本人または家族による物忘れの訴えがある。
3. 全般的な認知機能は正常範囲である。
4. 日常生活動作は自立している。
5. 認知症ではない。

 すなわち、記憶力に障害があって物忘れの自覚があるが、記憶力の低下以外に明らかな認知機能の障害がみられず、日常生活への影響はないかあっても軽度のものである場合です。しかし、軽度認知障害の人は年間で10~15%が認知症に移行するとされており、認知症の前段階と考えられています。

 この軽度認知障害は「MCI」とも言われていて、ここ数年は特に耳にする機会が多くなりました。

 これは医学的には意味があることなのかもしれませんが、この診断をされる側を考えた場合、支援する人間から見ると、(自分が理解が足りないせいかもしれませんが)そのメリットをあまり思いつきません。

 この診断によって、もしかしたら認知症になるかも、というような不安を与えられることを想像すると、この診断がされる場合は、その後に、医学的に十分な診察の継続と、心理的なフォローの両方の体制がとれてこそ、意味があるのだと思います。

 もし、ただ「様子をみましょう。半年後に来てください」というだけのことになれば、(そんなことはないと思いますが)ただ不安を増幅させるように思え、支援する側から見ると、この「軽度認知障害」という診断確定の意味が、正直、よく分からなくなってしまうでしょう。

 同時に、この「軽度認知障害」という用語も気になります。

「正常と、認知症の中間」であるならば、この名称を「軽度認知症」にした方が、整合性がとれるように思いますし、その呼び方を一般に広めることを考えたら、「軽度認知症」という名称を選択した方がふさわしいように思います。

 正常→軽度認知症→認知症。

 こうして並べられた方が、すんなりと理解できますし、説明もしやすいはずです。

呼び方の変更

 痴呆(症)から、認知症に呼び方が変わったとき、その準備段階で、いくつかの名称の候補の中で、一般から最も多く支持を受けたのは、「認知障害」でした。

「痴呆」に替わる用語に関する検討会報告書)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/12/s1224-17.html

・認知障害        1,118人   (22.6%)
・認知症         913人   (18.4%)
・記憶障害           674人     (13.6%)
・アルツハイマー(症)  567人   (11.4%)
・もの忘れ症       562人   (11.3%)
・記憶症           370人      (7.5%)
 また、自由記載については、全530種類に及ぶさまざまな案が寄せられた。ただし、最も件数が多かったもの(「認知記憶障害」)でも15件であり、全体としてばらついていた。これらを分類すると、「認知失調症」や「認知低下症」など「認知」を用いた提案が最も多かった。

(『「痴呆」に替わる用語に関する検討会報告書』より)


 MCIが、「軽度認知障害」という用語にしたのは、まるで、このときの結果を、時間を超えて尊重したようにも思えます。それはこじつけに過ぎるとしても、「認知障害」という言葉の方が、その症状をより正確に表しているから、今回「軽度認知障害」という用語にしたのではないかと想像ができます。

 ですので、これを機会に、もう一度「認知症」という呼び方を考え直した方がいいと思えるのは、すでに一般へ広く知られるという第一段階はクリアしたので、次の第二段階、「認知症」への正確な理解の促進を考えていい頃だと思われるからです。

認知症」より「認知障害」の方が、どんな症状なのか、その文字を見ただけで理解がしやすいはずです。ですから、一般の人から最も多く支持を受けたと思います。

 ただ、現在の「認知症」という言葉の定着の仕方を考えると、そこから変えるのが難しい、というのであれば、「認知障害症」もしくは、当初の提案の中にあった「認知失調症」「認知低下症」にすれば、「認知症」(正しくは「認知障害症」)というように、略称として「認知症」は使い続けられるでしょう。

 それに、正式名称を目にするたびに、どんな症状なのかが理解しやすく、少なくとも、今後「認知が入っている」という、どこか蔑称のような使われ方は減るはずです。

病名の正確さ

 症状や病気の名称は、どれも正確性が重視されているように思います。

 その名前を聞けば、どんな症状なのか?どういう病気なのか?が、その名称自体は難しいとしても、理解をした時には、納得がいくことが多いように感じています。
 それは、呼びやすさや覚えやすさよりも、正確さが優先されているように思い、それは、医学が科学である以上、(生意気な言い方ですみませんが)ふさわしい態度ではないかと思います。

 有名な病気で、名称だけでは、最もその病状のイメージが湧きにくいのが「癌」ですが、ただ、まだ解明されていないことが多い点と、重大な病気であり、一般に広く知られることにより、症状も含めて、わかりやすい名称になっていると思われます。


 少し話が逸れましたが、やはり「認知症」よりも「認知障害」や「認知機能障害」、もしくは「認知失調症」の方が、症状を表す、という意味では正確ではないでしょうか。

 そして、「認知症」が定着している功績や現状を重視するのであれば、「認知症」が略称として使えるように、「認知障害症」もしくは「認知失調症」、「認知低下症」などを採用すればいいのではないかとも思います。

 いったん定着した用語であっても、それを、専門家が責任を持って変えるという先例もあります。気象用語の「ミリバール」が、「ヘクトパスカル」になっても、それほど大きな混乱もなく、その呼称の変更が受け入れられているのは、専門家が責任を持って、繰り返し説明を続けたからだと思われます。

 ですから、もし、「認知症」の呼び方の再考を、医学界が実施してもらえたら、その変更はそれほどの混乱がないようにも思えるのは、「認知症」よりも「認知障害」や「認知機能障害」の方が、より実態を表していると思えるからです。
(繰り返しになりますが、「認知症」を略称として残す場合は、「認知障害症」もしくは「認知失調症」の採用も考えられると思います)。

諸外国もDementia(痴呆) からCognitive Decline(認知機能低下)に変わりつつあります。


 さらには、もし「認知症」を英訳した場合は、私の未熟な英語力で申し訳ないのですが、「Cognitive symptom」になってしまうかもしれず、それよりも国際基準に合わせるのであれば、「Cognitive Decline」に、日本語の呼び方も近づけるべきだと考えるのは、未熟な見方に過ぎないのでしょうか。

認知心理学

 私は臨床心理士で、公認心理師です。

 私などよりも、もっと優れた同業者はたくさんいると思います。しかも、私が資格を取得したのは50歳を過ぎてからで、キャリアもまだ10年ほどです。

 それでも、心理学をベースにして仕事をしている自覚はありますし、様々なジャンルの心理学がありますが、その一つに「認知心理学」があります。

認知心理学とは人間の心、特に知覚、記憶、思考、言語、学習、意思決定、行動選択などの認知の働きを解明することを目的とする心理学の一分野である。近年は、発達心理学、社会心理学、臨床心理学、神経心理学の周辺領域のみならず、哲学、工学、医学、芸術学などの広範な学問領域へも接点を広げている。

(「日本認知心理学会」より)

認知(にんち)とは、人間自身五感通じて外部からの情報受け取り、それを理解し、意味を付与する過程を指す言葉である。認知は、人間自身周囲の環境理解し適応するために不可欠な機能である。

「認知症」という呼び方が定着する一方で、「認知」という、こうした本来の意味に微妙なゆがみをもたらしているような気がするのは、繰り返しになりますが「認知が入っている」といったような使い方をする、介護の関係者も出てきているからです。

(決して、この方々を責めているわけではありません。「認知症」という呼び方である以上、そうした使い方も出てくるのは予想されるからです)。

 「認知」は、人間が生きていく上で不可欠で重要な機能なのですが、「認知が入っている」と使われる場合の、「認知」という言葉は、それ以前の「ボケが入っている」(こうした表現自体が問題なのだとは思いますが)と同じように使われているように思えます。

 こうして使われるたび、「認知」という言葉の本来の意味の誤解が広まっていっているような気もしています。

 「認知心理学」は、自分自身のベースである心理学の大事な分野なのですが、「認知」という言葉への誤解が、これ以上広がらないためにも、やはり「認知症」という呼び方の再考は必要だと考えています。

 

 今回は以上です。

 いろいろと未熟な点もあるかと思いますので、ご質問、ご意見などございましたら、お聞かせ願えると、ありがたく思います。

 よろしくお願いいたします。



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