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「介護の大変さを、少しでもやわらげる方法」㉝「無理に笑顔をつくらないようにする」
いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。
おかげで、書き続けることができています。
初めて読んでいただいている方は、見つけていただき、ありがとうございます。
私は、臨床心理士/公認心理師の越智誠(おちまこと)と申します。家族介護者の心理的支援を仕事にしています。
家族介護者の負担
まるで、コロナが明けたかのように言う人も増えてきたようになりましたが、ご高齢者に関わることが多い家族介護者の方にとっては、実際はコロナ禍が完全に終息したわけではありませんし、それほど不安の大きさが変わっていないかもしれません。
それに、もともと、介護が始まってから、いつ終わりが来るか分からない毎日が、ずっと続いているかと思います。
その気持ちの状態は単純ではなく、説明しがたい大変さではないかと推察することしかできないのですが、それでも、ほんの少しでも負担感や、ストレスを減らせるかもしれない方法は、お伝えする努力はしていきたいと考えています。
介護の大変さを、少しでもやわらげる方法
時間的にも余裕がなく、どこかへ出かけることも出来ない場合がほとんどだと思いますが、この「介護の大変さを、少しでもやわらげる方法」シリーズでは、お金も時間も手間もなるべくかけずに、少しでも気持ちを楽にする方法を考えていきたいと思います。
今回は、常識として言われていることが、人によって、もしくは状況が変われば、気持ちを上向きにすることにあまり役に立たないかもしれない。などと思うことがありましたので、紹介させていただきたいと思っています。
泣くから、悲しくなる
どれだけ冷静な人でも、感情と全く無縁な人はいないと思いますし、感情が動きにくくなったとしても、全く感情と関係なく1日を過ごすことさえ難しいと思います。
ただ、その感情も、専門的な観点から見ると、まだ分からないことが多いようです。
感情が生起するメカニズムについては古くから研究が続いており,その歴史を通して様々な理論が提唱・議論されてきた。近年では,脳科学・神経科学的アプローチからも研究が進められているが,感情が生起する明確なメカニズムは未だ明らかにされていない。一方で,自身の身体に起きる変化を認識することが感情の生起につながるという点に関して,複数の理論が一致した見解を示している。
その一つである末梢起源説(James, 1884)では,外部からの刺激を脳内で処理する過程で生じた,心臓の動悸や筋肉の動きの変化などの不随意的な身体の変化を知覚することが,感情の経験につながるとしている。つまり,「悲しいから泣く」のではなく「泣くから悲しい」ということである。例をあげて説明すると,人気のない夜道を歩いている最中,偶然にもお化けと遭遇してしまったとする。お化けがいることに気づくことで,心拍数が上がる,表情がこわばる,体が震える,冷や汗をかくというような,不随意の反応が身体に生じる。そして,このような身体反応を認識することで,初めてお化けに対する恐怖心を自覚するのである(中略)。「怖いから震える」のではなく「震えるから怖い」のである。
引用した文章中の「末梢起源説」は、ジェームス=ランゲ説としても有名ですが、このように身体反応があってこそ、感情が起こるということを示しているようですし、それが発展して「顔面フィードバック仮説」というものまで存在します。
まず,悲しい顔をすることによって本当に悲しい気持ちが湧き上がるだろうか。これは,表情を表出することで感情が生起するという 顔面フィードバック仮説(Tomkins, 1963)によって説明できるかもしれない。この仮説を検証した実験では,喜びや怒りといった表情を意図的に表出すると,その感情に特徴的な身体的変化が生じること(Ekman et al., 1983)や,にっこりほほえむような口の形を維持しながら漫画を読むと,より面白く感じられるという報告がある(Bush et al., 1989)
つまり、感情に関わらず笑顔に近い表情をつくれば、それによって気持ちが楽しくなる、ということのようです。「おもしろいから笑うのではない。笑うからおもしろいのだ」という表現もできるかもしれません。
ですので、いつの間にか、悲しい時は無理でも笑顔をつくった方がいい。そのことで、気持ちまでポジティブになれる。といったことを「常識」のように語る人も増えてきた、という印象があります。
もしかしたら、介護をされていて大変な時期に、そうした善意のアドバイスを受けた経験のある方もいらっしゃるのではないでしょうか。それを試してみて、少しでも気が楽になったのであれば、それはご本人に合っている、ということでもあるので、今後も試してみてもいいのだと思います。
ただ、どうやら誰にでも、その方法が合うわけでもないようです。
無理に笑顔をつくらない
この仮説に関しては、その後もさまざまな実験や検討や分析もされているようです。
実は、落ち込んでいるときに無理やり笑顔をつくると、かえって幸福度が低下するという研究報告があるのです。もちろん、楽しい気分のときには、笑顔をたくさんつくる方が幸福度はあがります。けれどもそのときの自分の気分に合わない表情を無理やりすると、自分が落ち込んでいることを余計に自覚し、もっと落ち込んでしまうというのです。落ち込んだときは、無理やり自分を励まして笑顔をつくったりせず、とにかく寝て忘れるしかないのかもしれません。
こうした指摘を読んで、少しホッとする気持ちになってしまいました。
それは、気持ちが落ち込んだりしたときには、何かをする気力そのものもなくなってしまうのに、「笑顔をつくる」ということをアドバイスされるのは、それが善意であったとしても、そういうときにも早く気分の回復を強制されているような気もするからだと思いました。
それでも、このテーマは心理学の分野では今も実験が続けられているようです。
(「裏から読んでも心理学」 笑えばいいって本当でしょうか。)
https://psych.or.jp/wp-content/uploads/2019/04/85-32.pdf
ところが世の中には「まだまだ終わらんよ」 と考えた人たちもいて,敵対的チームによる共同研究に乗り出しました。仮説に支持的な人た ちと,懐疑的な人たちが,一緒にアイディアを 出し合って研究プランを立てたんですね。これなら結果を見てからの後出しジャンケン的な誹謗中傷が避けられます。共同研究は今まさに進行中で,2019 年 1 月に予備実験の結果が報告されました。今のところポジティブ。顔面フィー ドバックは効くかも(Colesら, 2019)。
こうした実験は今後も続けられ、「笑顔をつくると、楽しい気持ちになるかどうか」の議論は続くのではないかと予測されます。
仮説であること
しかし、これはただの臨床心理士が言う資格はないのだと思うのですが、もともと、実験の協力者は、本当に辛かったり悲しかったり、といった状態であることは少ないのではないでしょうか。(本当に辛いときに、実験に参加する気力は起きにくいでしょうから)。
ですので、個人的には、介護者に関係して知りたいのは、介護を継続しているのであれば「抑うつ状態」が常態であると思えるのですから、そうした強い辛さの中にいる人にも有効なのだろうか、といったことです。
また、こうした実験をさまざまな専門家が繰り返して明らかになったことは少なくなかったとはいえ、あくまで仮説ですので、人によって有効だったりそうでなかったりすることがある、というような段階ではないかと推測できます。
ですので、「悲しい時こそ、辛い時こそ、笑顔をつくった方がいい」といった今はある種の「常識」になっていることが、誰にでも当てはまることではないようです。
だから、今回は「悲しい時こそ、無理にでも笑った方がいい」といったアドバイスをされたとしても、そのときに、とてもそんな気持ちになれないのであれば「無理に笑顔をつくることはない」ですし、「無理に笑顔をつくったからといって、楽しい気分になるとは限らない」という根拠もあるので、そのことを知った方が、もしかしたら、少しでも気持ちが楽になるかもしれないと考えて、色々な仮説を紹介させてもらいました。
ストレートに、「この方法を試してみては」というよりは、「この方法は無理に試みなくてもいいのでは」といったやや屈折した提案ですが、考えてもらえたら幸いです。
今回は以上です。
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