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介護の言葉① 「介護離職」

 臨床心理士/公認心理師の越智誠(おちまこと)と申します。元・家族介護者で、今は、仕事で、家族介護者向けの「介護相談」をしています。さらに、このnoteでは、家族介護者への心理的支援の必要性も伝えようとしています。

 今回のシリーズ(やたらとシリーズ化してすみませんが)は、「介護の言葉」を取り上げて、もう一度、考えてみようと思っています。どちらかといえば、家族介護者ご本人というよりは、支援者、専門家など、周囲の方向けの話になるかと思います。よろしかったら、読んでもらえたら、ありがたく思います。

 最初は「介護離職」という言葉について、です。
 家族の介護をするために、仕事をやめることを、「介護離職」ということは、おそらくは、誰とも共有できる意味だとは思うのですが、近年になるほど、「介護離職」は問題として扱われ、さらには「介護離職ゼロ」が政策のひとつとして取り上げられるようにもなりました。

 現在の状況では、まったく望んでいないのに、仕事そのものを失ったり、自宅待機になったり、採用を取り消されたりと、「仕事」に関しては、とても大変な思いをされている方が多いと思います。(そうした分かったようなことを言うのも失礼だとは思うのですが)。

 そうした時期に「介護離職」を語っても意味がないのかもしれません。

 それでも、介護は続くものですし、どんな状況であっても止まることはありません。デイサービスが休みになったら、より負担が増えると思いますし、これまで通っていた施設での面会ができなくなって、被介護者に会うことができなくなり、より負担感が増えている介護者もいらっしゃると思います。

 これまでは仕事と介護の両立をされてきた方が、どちらも続けると過労死してしまうと判断して、「介護離職」を決断され、実行された方も、おそらく、現在進行形で、いらっしゃると思います。

 今回、改めて考えたいのは「介護離職」の語られ方や、「介護離職」された方々への支援の方法、です。

1 これまでの「介護離職」の語られ方

 たとえば、ごく個人的なことでいえば、こんな語られ方は何度か聞いたことがあります。

「うちの職場でも、介護で仕事やめた人がいて」
「あ、そうなの。大変だね」
「もったいないよね。そんなことで、やめることはないのに」

 完全に善意からの言葉なのは間違いありません。
 また、いろいろと状況が違うので、一概には言えませんが、こうした会話を聞くたびに、介護の負担の重さについて、それほど理解されていないのでは、と思いました。


 もちろん、私が介護者の代表や代弁者のような言い方をできるわけもないのですが、多くの介護者は、ぎりぎりまで仕事も介護もしていると思います。(その方が、介護だけよりも精神的には楽ということもわかっているはずなので)。

 それでも、たとえば認知症の家族をみていて、夜も眠れなくなり、このままだと、自分が過労死してしまう。そうなったら、誰が家族をみるのだろう、といったような、本当に無念な思いで、仕事を辞める方も、少なくないと思います。

 そういう場合は、「介護離職」も止むを得ないのではないか、という見方もできるのではないでしょうか。

 「そんなことでやめるなんて」と接してくれるよりも、「負担が重すぎるから、介護離職もしかたがないよね」と思われたほうが、介護者にとっては、気持ちが楽なのではないか、と思います。また、介護負担は、外からみたら、どれだけ重くても分かりにくいことも多いので、そのように考えた方が、介護者への理解にも届きやすくなると思います。


 もし、介護負担に関して、さらにご興味があれば、こうしたnote↓もクリックして読んでいただければ、ありがたく思います。

「家族介護者の気持ち」②「いつまで続くか、分からない」と、「先を考えられなくなる感覚」

家族介護者の気持ち③「死んでほしいは、殺意ではない」


2  防ぐべき「介護離職」

「介護離職ゼロ」という政策が掲げられてから、多少の制度の変更などはあり、その制度を知っていた上で、職場の理解があれば、より仕事と介護の両立はできるようになったかもしれません。

 確かに「介護離職ゼロ」が、介護者に過重な負担を強いることなしに実現するのであれば、それは確かに素晴らしいことだと思います。ただ「介護離職ゼロ」だけが目標になってしまえば、どれだけ無理をしても「介護離職」をしないことが目標になり、介護者が倒れることが増える可能性すらあります。
 
 介護と仕事の両立が、体力的に精神的にも不可能と判断した場合に、どのような選択をするかは、介護者の意志を優先すべきだとも思っています。


 その中で、防ぐべき「介護離職」があるとすれば、こうした場合だと思います。

 介護が始まったばかりで、なんだか分からずに混乱して(この反応は、ごく自然ですが)いるのですが、もう少し落ち着けば様々な制度やサービスを利用して、仕事との両立が可能な場合です。こういった場合には、的確な情報と、安心感さえあれば、しなくてもいい「介護離職」は防げるかと思います。そうした場合に、とても有効な書籍もあります。

 ただ、そうではない、止むを得ない「介護離職」が、かなり多いのでは、というのが、この20年、いろいろな形で介護に関わってきての印象です。

3 最近の「介護離職」の語られ方

 ここ何年か、「介護離職ゼロ」の政策の影響なのか、「介護離職」という言葉に対してネガティブなイメージで語る人が少なくないような気がしています。

 例えば、こんな語られ方です。

「介護離職をして、介護だけに専念した人の、その後は、悲惨なことになっているようです」。

 こうした発言は、ある程度は事実でもあるでしょうし、「介護離職」を止めたい、という善意から出てきた発言でしょうから、こうした言葉そのものを責めたいわけではありません。それに、介護を始めたばかりの方には、有効な言葉かもしれません。もちろん、「介護離職」をしないですめば、それに越したことはないと、私も思います。

 ただ、介護と仕事の両立はしてきたものの、被介護者の症状の変化などで介護負担が増えて、止むを得ず「介護離職」をして、なおかつ厳しい介護を続けている方にとっては、こうした言葉は、自分の存在を否定されるように感じてもおかしくありません。

 「介護離職」に関するネガティブな発言に接することで、仕事をやめて、介護に専念している自分に、もう未来はないんだな、と思ってしまったら、より負担感は増えても、減ることはないでしょう。そして、密かに、ただ絶望だけを増やすきっかけになるかもしれません。


 発言された方にとっては重要な事実で、善意からの言葉であっても、届く相手やタイミングによっては、かえってマイナスになることはあると思っています。特にメディア上に残ってしまえば、発言される方の意図と違う働きをしてしまうことも少なくありません。

4 「介護離職」をどのように語り、支援していけばいいのか

 ここまでで、非常に、こうるさく感じる方もいらっしゃるかもしれませんし、不快に思われる場合もあると思います。

「では、どう語ればいいのか」もしくは「どのように介護離職後を支援していけば良いのか」を改めて考えてみます。

 もちろん、これらが絶対の正解ではないと思いますし、実際に行うには支援者の負担も増える可能性もあるので申し訳ない、とも思うのですが、一応の基準を考えました。さらに、よりよい方法があれば、教えていただき、共有できれば、とてもありがたくも思います。ポイントは4つになりました。

① まず「介護離職」を考えている人に、介護の負担を少しでも減らせる可能性のある介護の方法の正確な情報を伝えます。そのための制度もあるので、それも含めて、職場と相談することをすすめます。

② その上で、介護者の意志を最大限に尊重します。目標とすべきは、介護している時もその後も、なるべく納得のできる介護だと思います。同時に被介護者の幸せも考えることが大事なのは言うまでもありません。もし、「介護離職しない」だけを最優先の目標にすると、ただ介護者に無理をさせ、様々なものが見えなくなる可能性まであります。

③ いろいろな正確な情報を得た上でなお「介護離職」を選択する介護者には、今後の介護生活をより負担が減るような方法や情報を伝え、支援もします。

④ 「介護離職」も数ある選択肢のうちの一つであり、「悪い選択」でもなければ「愚かな選択」でもないと考えたほうがいいと思います。仕事をやめて、介護に専念することを選んだ人に対して、適切な支援をしていけば、「悲惨な末路」の確率は減るはずですし、他の介護者と同様に、より負担が少なく、より納得のいく介護をするための支援が必要だと思います。

5 「介護離職ゼロ」よりも目指した方がいいこと

 では、これから何を目指したらいいのか、といえば、個人的な印象に過ぎず、分不相応な提案という自覚はありますが、それでも、この20年の間、介護のことに関わってきて、いろいろな人の話を聞いてきて、考えたことが2つあります。

① 「介護離職ゼロ」の前に、目指した方がいいと、考えているのは、「介護殺人・心中・自殺ゼロ」です。
 そのためには、いろいろと難しく、手間も時間もかかりますが、有効な介護者支援のいっそうの充実が必要だと思います。また、不遜かもしれませんが、私自身も、そのために少しでも力になれば、と思っているのが、今の仕事を続けている大きな理由の一つでもあります。

「介護離職ゼロ」だけでなく、力を入れるべきなのは、「介護後の復職」だと思います。
 今の状況では、より仕方がないかもしれませんが、介護の年数は、まったくキャリアとしては無視されているようです。介護離職後の再就職が予想以上に難しいとして、こんな例もあります。前述の書籍「介護離職しない、させない」では、復職の難しさが語られています。

たとえば、ある人は面接で「介護をしている」と言ったことでどこからも採用されませんでした。また、ある人は介護に専念していた期間に関して、「このブランクに、あなたはなにを会得しましたか?」と面接官に尋ねられたそうです。
「介護をしていた。それだけで精いっぱいで他のことをする余裕などない」と介護者誰もが大声で言いたいところでしょうが、世間一般の介護に対する理解は、まだまだ進んでいません。「単なる休職中」の認識なのかもしれません。

 もし、「介護離職」をして、介護を終えたあとでも、たとえば介護経験者の採用枠が確保されていて、再就職の可能性があがれば、「介護離職」が問題になることは減ると思います。また、介護が終わった未来に希望があれば、介護殺人や心中が少しでも減る可能性まで出てくると思います。三度目の登場ですが、書籍「介護離職しない、させない」には、こうした記述まであります。

実は介護はいろいろな立場の人たちが否応なしに絡んでくるので、そうした人たちを調整するマネジメント能力が問われるし、養えます。また、接する人たちに要介護者に代わって説明するプレゼン能力も必要です。
介護をするだけで立派なビジネススキルが身につくし、逆にそうしたスキルが介護に大いに生かされる。もっとこうした点にも注目してほしいし、介護をひとつの「キャリア」と評価してもいい気がします。

 現在の全体的に厳しい状況では、「介護離職」の未来を考えたりするのは、ただの空論で、今考えることではないと思われる可能性も高いと思っています。

 ただ、それでも、さらに未来を考えるならば、団塊の世代が後期高齢者に突入する2025年までに、少しでも介護状況を整備するために、少なくとも検討する価値はあるとも思っています。

今回は以上です。

 いろいろなご意見、ご質問などございましたら、よろしかったら、コメント欄などに書いていただければ、ありがたく思います。よろしくお願いいたします。


 次回は、介護の言葉②「一人で抱え込まない』です。クリックして読んでいただければ、ありがたく思います。よろしくお願いいたします。



(他にも、介護について、いろいろと書いています。↓ご興味があるnoteがあれば、クリックして読んでいただければ、うれしく思います)。


介護離職して、10年以上介護をしながら、50歳を超えて臨床心理士になった理由①

介護の大変さを、少しでもやわらげる方法① 自然とふれる

介護の大変さを、少しでも、やわらげる方法②書くこと

「介護books」 ① 介護未経験でも、介護者の気持ちを分かりたい人へ、おすすめの2冊

『「介護時間」の光景』②しばらくお待ち下さい


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 この記事を読んでくださり、ありがとうございました。もし、お役に立ったり、面白いと感じたりしたとき、よろしかったら、無理のない範囲でサポートをしていただければ、と思っています。この『家族介護者支援note』を書き続けるための力になります。  よろしくお願いいたします。