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短編小説

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#創作小説

小説:シンデレラボーイ

小説:シンデレラボーイ

 「かわいそう」の指標はエンゲル係数の高さで定めるべきである。それ以外の評価軸を持つ者はすべて偽善者であり、裁かれなければならない存在である。それなのに、人々はその事実から目を背け、猫だの犬だのの、ダニを運び、生態系を破壊する畜生をかわいそうだのなんだのと保護をする。それは正義ではなく、ただのマスターベーションなのである。考える余裕と配るお金があるのに、思考を放棄し欲望のまま自己顕示欲を得る悪行な

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電車に揺られて本を読む

電車に揺られて本を読む

 電車の中でスマートフォンを触るなんて私にはとてももったいなくてもうできないのです。ですがお気持ちはわかります。かつては私もそうだったのですから。

 朝、電車を乗る時というのは十中八九行きたくない場所に運ばれている時です。しかも、これが眠たい。本来その時間、人間というものは家から出ていたくはありません。いえ、布団からさえも出ていたくないのです。そうでなければ私は、スマートフォンのやかましく心臓を

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小説:毒を吐く女上司

小説:毒を吐く女上司

 このクソアマいつかぶち殺してやるからな。俺は今日も心の中で叫ぶ。申し訳なさそうな顔を作りながら。しかし、そんな顔をしても意味はない。目の前の女は俺の仕事のみならず人格の否定までも行うのだ。

 沢辻彩音。31歳で1歳になったばかりの息子がいる。産休を取り始めたときは天に上るほどうれしい思いだった。ようやくヒステリックな罵詈雑言を聞かずに済む。うれしさのあまり、仕事の効率もはかどったものだ。

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小説:孤高なる酒乱学生事変

小説:孤高なる酒乱学生事変

「先輩、今日サークルの飲み会あるんですけど来ないんですか」
「悪いが俺はパスだ」

 後輩からのラインにそっけなく答える。しかし、なぜ大学生は集団で酒を飲みたがるのだろう。

 俺は群れるのが好きじゃない。人は群れの中の秩序を何よりも大事にする。聞こえはいいかもしれないが、その中身は極めて人情にかけてグロテスクなのである。全体の利益のためなら人の大事な時間を奪うことに躊躇をしない。それが秩序を守る

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短編小説:ヒッチハイカー

短編小説:ヒッチハイカー

「その、バックパックは後ろにおいていいよ。それでそこまで行くんだっけ」
「えっと、江ノ島に行きたいです。」
「あーじゃあ、海老名あたりでおろすことになっちゃいそうだけど大丈夫?」

 ヒッチハイクの青年が「大丈夫です」と答えるとともに、車が揺れた。バックパックを座席に放り込んだからだろう。その後、青年が助手席に座り、ドアを閉めたことを確認すると、エンジンを着けて、メーターに表示された距離をしわくち

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短編小説:沢中サッカー部、サッカー人生最後の試合

短編小説:沢中サッカー部、サッカー人生最後の試合

 いつからだろう。近所の公園で自主練習をしなくなったのは。いつからだろう。高校は違う部活をやろうって思い始めたのは。ペットボトルに入った暖かい水をかぶってそんなことを思う。後半15分に取られる熱中症対策の給水時間。もうあと15分で俺の中学時代の部活はいったん終わる。だからこうして沢中での部活を総括し始めてしまったのだろうか。

「時間ないけど、いまのおれたちならまだいける。ここから点取ってこ」

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小説:素晴らしい景色の山小屋

小説:素晴らしい景色の山小屋

4年前に勤めた山小屋の玄関を開けると、懐かしい声がした。

「あれ、高崎君山やっとったっけ? おかしいなぁ、確かやっとらへんかった気がするんやけど。俺も歳かねぇ」

 受付の沢村さんは目を丸くして言った。俺は「高崎です、覚えていますか」と切り出そうと思ったが、いらぬ心配だったようだ。

「いえ、やってませんよ。ただ懐かしくなって」
「この山荘に愛着持っててくれたんやなぁ。ありがたいわ。そうや、今日

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小説:好奇心レーダー

小説:好奇心レーダー

 ビルから出ると、目の前に一気に色彩が広がりました。最初に断っておきますが、絶景というわけではありません。むしろ毎日この景色は見て半分飽き飽きしています。この会社に通っているわけですから。しかし、気分が変われば見飽きた景色にも新しい発見があるものです。赤く染まった空と雲をバックに立つビル群はこんなにも美しかったなんて気が付きませんでした。久しぶりに好奇心レーダーが反応したのは、明日は有給休暇だから

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