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LGBT本「刊行中止」と翻訳本「受難」の歴史

キャンセルカルチャーの成功体験?


5日夜のKADOKAWA『あの子もトランスジェンダーになった』刊行中止発表については、昨夜速報したが、


朝日新聞等が報道し、5日から6日未明にかけて波紋が広がっている。


我が国に自由は存在しないのだな。信教の自由も表現の自由も出版の自由も失われた。これが戦前になるということか。


#あの子もトランスジェンダーになった #SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』の刊行中止は、ぶっちゃけ、KADOKAWAの上層部の判断ミスかつ愚行です。言論の自由をつぶすテロリストに成功体験を与えたようなものです。現場の社員であるあなたたちは悪くない。少しの間でしたが、希望をありがとう。


完全にキャンセル・カルチャーじゃん。『美とミソジニー』バッシングの時も思ったけど、TERF(ジェンダークリティカル)は出版停止を求めるような言論弾圧はしないけど、トランスとトランスアライの一部は「社会正義」を印籠に言論弾圧しがちで引く。


本当に恐ろしいことです。事実の列挙に過ぎぬ本が抗議で出版停止になってはならない。


KADOKAWAさん、クレーマーに勝利体験をくれてやってはダメでしょう。


タイトルやキャッチコピーか不適切なら、それらを差し替えて出版すればいい。この問題について、他国の事例(とくに失敗の事例)に学ぶことは極めて大事でしょう。


示現舎でだせないかな…


米上院も公述人に呼んだシュライアーの名著『不可逆的なダメージー少女とトランスジェンダー狂熱』の邦訳刊行をカドカワが急遽中止。圧力に屈したもので一大出版スキャンダル。 私も推薦を頼まれていて他人事ではない。刊行すべき。 同書の内容は拙著224頁以下で紹介した


「言論の自由への弾圧は権力者が上からおこなうもので市民からではない」という間違った、そもそもミルの『自由論』さえも読んでないだろうキャンセルカルチャー志向の匿名の発言をみた。大衆の専制、つまりは下からの言論弾圧こそ、我々の自由で民主的な社会を是とする世界で警戒すべき現代的事態


考えうるかぎりで最悪の悪手だよ、KADOKAWA…



キャンセルカルチャーの成功体験になった、との声が多く、私もそう思う。

昨年は宗教2世漫画(集英社)の連載打ち切り、今年は大川隆法の息子の本(幻冬舎)が幸福の科学から抗議を受けて発行が遅れる、などがあった。しかし、いずれも単行本は出版されている。(文化的には、今年はむしろ映画「オッペンハイマー」の日本未公開が大きい)

内容に重大な過誤や、名誉棄損事案がある場合、発行中止や回収になる場合はあるが、翻訳本でこのタイミングでの刊行中止は異例だ。

1月24日発売予定だったということは、年末年始の休みを勘案すると、ゲラが校了し、印刷に入る直前くらいのタイミングか。

刷ってからでは損害が大きい。6日に予定されていたKADOKAWA本社での抗議活動の前に、このタイミングで中止するのが最善という経営判断だろうか。

しかし、このタイミング、この理由では、内容に致命的な問題がないにもかかわらず、抗議に屈して安易に出版を取りやめたという印象が強い。


著者は了解しているのか。翻訳出版の場合、初版の印税相当額は前払い(アドバンス)しており、この本なら100万円単位と思われるが、それが著者への「ボツ料 kill fee」となるのか。

カネの問題だけではない。著者の出版権をあずかって商売する出版社の本分は、とにかく本を世に出すことだ。批判があれば、それから対応すればいい。むしろ異論や論争で社会的な話題になるのは、書籍のインパクトの証明であり、喜ぶのが本来の姿だ。

思想上も、単行本の出版は、言論の自由の最後の砦と考えられている。今回のKADOKAWAの決定は、広く批判を招いて当然だろう。

とくにノンフィクションの場合、抗議や軋轢を恐れていては、話題作は生まれなくなる。報道でスクープが出なくなるのと同じだ。憂慮すべき事態だ。


過去に翻訳出版が危ぶまれた本


昨日の記事でも触れたが、来年3月には、また日本で問題となりそうな本が海外で出る。

KADOKAWAのLGBT本はおもに「左」の人たちを怒らせたようだが、今度は「右」の人たちを怒らせそうだ。



山本敦子さんという方が、内容紹介を訳している。

『日本のホロコースト』は、1927年から1945年までの太平洋戦争とアジア戦争における日本の大量殺人と性犯罪を包括的に探求したものである。 1927年から1945年までのアジア・太平洋戦争における日本の残虐行為について、5カ国の18以上の研究施設で行われた調査を統合している。本書は、日本がヒトラーのナチス・ドイツをはるかに上回る3000万人以上の命を虐殺したことを確認するために、最新の学問と新しい一次研究を結集したものである。日本のホロコーストは、天皇裕仁が自らの軍団が行った残虐行為を知っていただけでなく、実際にそれを命じたことを示している。(以下略)


山本敦子さんらは本書の出版に怒っている↓

2024年3月にとんでもない本が発売される。日本を絶対悪とし2発の原爆を正当化したい戦犯米国が仕組んだのだろう。日本人を大量に虐殺しレイプしたのは米国軍だ。 'Japan's Holocaust History of Imperial Japan's Mass Murder and Rape during World War Ⅱ' 紹介文↓に訳します。絶対許せません


大高未貴さんがチャンネル桜で『ジャパンズホロコースト』を取り上げていた。「ナチスと日本を同格化する論調がSNSでも出始め不穏な気配を感じていた。来年出る本はアイリスチャンの本よりよっぽど影響力があると思う。著者と出版社を見たらナメてかかれない。天皇がホロコーストを命じたなどという日本人の神経を逆なでする史実に即さない本はそれなりの計算がないと出版できない。その魂胆は何か、我々は考えなければいけない」 元動画 2024年 厄介な反日歴史戦に備えよ


アメリカで日本関係の本が企画されると、原書出版の1、2年前から、エージェントを通じて日本の出版社に打診があることが多い。日米同時出版とかを仕掛けるにはそのくらいの時間が必要だ。

校正前のゲラや、原稿を仮製本したものが早くから出回り、担当者や翻訳家が日本での翻訳出版を検討する。本書の場合も、検討中か、すでに契約済みで翻訳が進行しているかもしれない。

しかし、内容から、日本で出版を躊躇する版元が多く、企画が宙に浮いている可能性もある。

今回のKADOKAWAのような例があると、怖気づく版元が増えるだろう。


今回のKADOKAWAのように、原稿が出来て、出版1カ月前に取りやめる、という例は、翻訳書であまり聞いたことがない。

だが、原文のゲラや原書の反響を見て恐れをなし、いつまでも日本での出版が決まらない、ということは私の現役時代も何度かあった。

参考まで、そういう例を、いま思いつくままに挙げていく。

(本当は、KADOKAWA本の来年の出版に向け、「問題になった翻訳本」みたいな文章を、年末にのんびり書こうと思って準備を始めたところだった。こういう事態になったので、準備不足のまま書いていく。雑な内容なのはカンベン)



『天皇の陰謀』(1971)


Japan's Imperial Conspiracy: How Emperor Hirohito led Japan into War Against the West By David Bergamini (1971)

『ジャパンズ・ホロコースト』の話を聞いて、まず思い出すのはこれだろう。

本書はいいだもも訳で1973年に翻訳出版された。


もちろん、私が出版界に入るはるか前の本だが、おそらくさまざまな軋轢があったものと思われる。

現在も新版が発売されている。



『日本/権力構造の謎』(1990)


The Enigma of Japanese Power: People and Politics in a Stateless Nation by Karel van Wolferen (1990)



私が出版界に入ってからでは、この本だろう。

日本経済絶頂期の「ジャパン・バッシング」の代表的な本で、海外ですぐに非常な話題になった。

日本は官僚独裁国で、民主主義がない。日本のマスコミも官僚とグルだ。選挙民は何も知らされず、アカウンタビリティーがない。国の大事なことは、東大法学部の同窓生がゴルフ場で決めている。そんな国だからまともに相手にできないーーといった刺激的内容だった。

日本では、早川書房がいい仕事をして、意外に早く翻訳出版されたが、「中央公論」などを中心に猛然たる反論が起こった。

また、本書の記述について部落解放同盟が抗議し、著者(オランダ人ジャーナリスト)が出版妨害だと怒って国際問題になりかけた。

だが、著者が本書の内容を日本人向けに書き下ろした『人間を幸福にしない日本というシステム』とともにベストセラーになった。

日本で「政治主導」や「説明責任」といった概念は本書から広まったと言っていい。



『血脈 西武王国・堤兄弟の真実』(1995)


The Brothers : The Hidden World of Japan's Richest Family by Lesley Downer (1995) (血脈ー西武王国・堤兄弟の真実)



日本のバブル期に「世界一の金持ち」とされたのが、堤義明だった。

彼と、異母兄の堤清二との関係をノンフィクションにまとめたのが本書。

いまではなんでもないが、当時は一種タブーとされていて、本書の翻訳出版はなかなか決まらなかった記憶がある。

最終的には徳間書店から出た(佐高信が推薦文を書いていた記憶)が、すでにバブルが弾けて堤兄弟の旬が過ぎ、あまり売れなかったのではなかろうか。



『ザ・レイプ・オブ・南京』(1997)


The Rape of Nanking : The Forgotten Holocaust of World War Ⅱ by Iris Chang (1997)



言わずと知れた「キング・オブ・問題作」で、当然ながらなかなか翻訳出版が決まらなかった。

私も原書を読んで、いろいろ悩んだ記憶がある。

日本ではちょうど「自虐史観批判」が盛り上がっていた時期だった。日本の出版社は、結局本書の出版を見送った。

そして、著者のアイリス・チャンは、2004年に謎の拳銃自殺を遂げる。

その後、2007年になってようやく翻訳本が出版された。




『ヤマト・ダイナスティ』(2001)


The Yamato Dynasty : The Secret History of Japan's Imperial Family by Sterling Seagrave (2001)



本書も、日本の出版社でプルーフがいつまでも回覧され、出版が決まらなかった本だった。

私もプルーフを読んで、ため息をついていた。

結局、翻訳出版されなかったと思うが、一部は非公式に訳されてネットで読んだ記憶がある。



そのほか、探せば、まだいろいろあるだろう。権力の弾圧ではなく、右や左の民間団体が言論を抑圧する。「キャンセルカルチャー」という言葉のない時代から、出版界に受難は多かった。

比較的最近では、『反日種族主義』のような韓国関係の本、本ではないがラムザイヤー論文のような論議を呼んだ論文などがある。


現在は、原書がネットで簡単に手に入るので、どんな海外の本も読もうと思えば読める時代だ。

しかし、翻訳出版されないと、国内で存在しないような扱いを受けてしまうのも事実。

それでなくても、翻訳出版は厳しいビジネスで、出版不況のなか、撤退する会社がふえている。

日本が「文化鎖国」しないよう、出版界にはがんばってほしい。


<参考>


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