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オウム真理教と創価学会

鶴のタブー


数日前に、「ジャニーズ」の次は「創価学会」? という記事を書いた。


メディアが「異常な関係」を結んでいるのはジャニーズ事務所だけではない、創価学会との関係もそうだ、と書いた。

皇室タブーを「菊のタブー」と言うのに対し、創価学会タブーは、日蓮正宗の紋にちなんで「鶴のタブー」とメディア内で言い慣わされていた。

その鶴のタブーの存在は、メディア業界内では常識であり、フリージャーナリストや日本共産党などが頻繁に指摘したから、世間の人もだいたいは知ってるだろうという前提で書いた。

だが、あとで、案外そうでもないかも、と思い直した。

何しろメディアが表立って言わない、それが「タブー」ということで、メディアが言わないものだから、業界の内と外で、私の想像以上の認識のギャップがあるようだ。

それは、性加害問題が露見する前の、ジャニーズ問題と同様の構図だ。


メディアの癒着の「実害」とは


そこで、こう考える人がいると思う。

ジャニーズとメディアとの「異常な関係」は、たしかに史上まれにみる性加害が見逃される、という被害を起こした。

メディアと創価学会の関係に、そんな「大被害」があるのか、と。

どんな実害があるのか、と。

聖教新聞の委託印刷などでメディアが利益を受けることにより、創価学会のよいしょ記事が増えたり、公明党批判の記事が減ったりするかもしれない。

元創価学会員で西東京市議の長井秀和が指摘しているような創価学会の不都合なアレコレはたしかにメディアに載らないかもしれない。

世の正義のために働こうと新聞社に入って、創価学会よいしょ記事を書かされる記者は、ビッグモーター社員さながらの「ブラック」な不快を味わったかもしれない。

しかし、そんなのは、たいしたことではない。

それによって、メディアの経営が安定し、「本業」である報道の取材に力を入れられるなら、それでいいではないか。

ーー少なくとも、メディアの中にいる人間は、そう考えがちだった。そういう論理で、自己正当化していたのだと思う。

ジャニーズとの関係を、そのように正当化していたように。


しかし、ことはそれでは終わらない。

メディアと創価学会の異常な関係がひきおこした「大被害」の例として、私が思い浮かべるのが「オウム真理教事件」だ。


オウム事件の知られざるポイント


1989年の坂本弁護士一家殺害から、1995年の地下鉄サリン事件にいたる「オウム真理教事件」は、あれほどの大事件なので、何度もメディアで回想されるが、事件と創価学会との関係についてはほとんど触れられない。

これも「創価学会タブー」の一例だと思う。そのために、事件の肝心のポイントが世間に知られていない。

しかし、当時の資料や裁判記録をたんねんに読めば、誰でもその関係に気づくはずだ。

私は、小説「平成の亡霊」を書くために、当時のことを調べたから、その関係の概略を知ることができた。


あらかじめ言っておけば、オウム真理教事件で、創価学会がなにか特別な悪事を働いたというわけではない。

現実には、あの事件に、創価学会はほとんど関与していなかった可能性が高い(本当のホントの真実はわからないが)。

しかし、ポイントは、麻原彰晃が「創価学会が関与している」とずっと考えていたことだ。

それが事件を大きくしていったのである。


毎日と創価学会の関係を知っていた麻原


前の記事で、創価学会と最も関係が深いのは毎日新聞だと書いた。もともと1950年代から毎日系列の印刷会社(東日印刷)で聖教新聞を刷っていたが、1970年代の経営危機のさい、創価学会の支援を受けたことで結びつきが決定的になる。

毎日はその後もずっと経営が苦しいので、カンフル剤が腎臓透析に、ついには生命維持装置に、という感じになっている。

それもメディア内の常識だと思っていたが、案外、いまも知らない人は多いかもしれない。

しかし、麻原彰晃は、1989年の時点でその特別な関係を知っていた。

だから、毎日新聞発行の「サンデー毎日」が、1989年に最初のオウム批判記事を出した時、それを「創価学会からの攻撃」と認識したのである。


麻原彰晃が、サンデー毎日の批判記事を「創価学会からの攻撃」と認識していたことは、当時のオウム出版の公刊物を読めばわかる。

オウムの出版物は、現在、事実上の閲覧禁止になっている。基本的にテロリストのプロパガンダ文書だから、私も、ここでそのまま引用するのは、はばかられる。概略だけ紹介しよう。


創価学会と毎日新聞の関係を、オウムは山崎正友の『闇の帝王、池田大作をあばく』(三一書房)などの本で知ったようだ。

そして、当時のサンデー毎日に載った、多くの創価学会よいしょ記事を列挙し、サンデー毎日を「創価学会の機関誌」だと判断している。

「平成の亡霊」はフィクションだが、このあたりのことはできるだけ史実に忠実に描いたので、興味ある人は参照していただきたい。


テロを生んだ麻原の被害妄想


サンデー毎日がオウム追及を始めたとき、オウムは世間的には犯罪者でも容疑者でもない(実際には殺人を一件おかしていたが、この時点では露見していない)。批判されていたのは、高額の「お布施」と、若者の「出家(家出)」だった。

一方、当時のサンデー毎日に、創価学会よいしょ記事が多く載っていたのは、オウムが言っているように事実だった。さらに、のちに詐欺でつかまる福永法源の「法の華」など、高額の「お布施」を要求するいかがわしい宗教の広告も載っていた(バブルの真っ最中で、どの週刊誌にもその手の広告は多かった)。

麻原彰晃は、サンデー毎日の記事が出た初日に、「なぜ我々だけが問題なんだ!」とサンデー毎日に抗議に行ったが、その気持ちもわかるのである。不公平だからだ。

そこで、創価学会の関与が邪推された。うしろで創価学会が糸を引いている、と。それは邪推だが、それを生み出したのは、毎日新聞と創価学会の現実にある「特別な関係」だった。それがなければ、その邪推もない。

創価学会は信者1000万の巨大宗教、当時のオウム真理教はせいぜい数千の信者がいる弱小団体に過ぎない。規模で1000分の1以下である。

巨像に踏みつぶされる、と認識した麻原は、創価学会同様の権力を得ようと選挙に出、当選が無理とわかると、武装してテロへの道を進む。

(創価学会から見れば、オウムは小さすぎて脅威に映らなかっただろうが、オウムはなぜか創価学会と張り合っているつもりだった。)

サンデー毎日編集長を殺そうとしたが、なかなかつかまらないので、代わりに坂本弁護士一家が惨殺される。

麻原は、毎日新聞社の爆破とともに、池田大作の暗殺も計画していたことが、のちの裁判記録で明かされている。


テロへと突き進む、この過程の中で、麻原の妄想の中の「創価学会」のウエイトの大きさは、必ずしも明らかではない。

坂本弁護士一家「失踪」事件のあとは、おじけづいたのか、サンデー毎日はオウムのことを書かなくなった。それとともに、麻原の妄想の中の、敵としての「創価学会」のウエイトは、相対的に小さくなっただろう。

麻原としては、露見していない殺人事件がいつ露見するか、そちらの方が心配で、次第に「警察権力」に標的が移っていったのは想像できる。最後の地下鉄サリン事件は、警察の捜査かく乱を目的にひきおこされた。

しかし、少なくとも発端において、毎日新聞と創価学会の特別な関係が、麻原の被害妄想に火をつけ、ひいてはオウム真理教事件全体に大きな影響を与えたのは確かだと思う。


統一教会と同じ構図


だからといって、毎日新聞と創価学会の関係が、オウム真理教事件をひきおこしたとは言えない。客観的にはそうだ。

サンデー毎日は、創価学会とは独立に、オウム真理教の「狂気」を追及した。それもほぼ間違いないと思う。

しかし、毎日新聞と創価学会の特別な関係を知った麻原からは、そう見えない。テロリストの心境から考えると、メディアと政治権力が結託して自分に向かってきたら、全世界が自分に敵対しているようなものだ。あとは武装して自衛するしかないーーと、そこまで追い込まれるかもしれない。

そういう意味では、主観的な要因になる。

私が言いたいのは、その点である。

このように言うのは、テロを擁護したいのではなく、その発生を防ぐためである。

毎日新聞と創価学会が結託していると認知し、テロに走ったオウムは、自民党と統一教会が結託していると認知し、絶望して安倍元首相を殺した山上徹也と同じだろう。

安倍元首相暗殺事件で、自民党と統一教会の関係を問題視するなら、オウム真理教事件で、メディア(毎日新聞)と創価学会の関係が問題視されておかしくなかった。

統一教会が現実に自民党の政策を支配しているかどうかにかかわらず、山上の頭の中では、統一教会の支配力は絶大だった。だから自暴自棄になるほど追い詰められた。

(ジャニーズ問題で、なぜ性被害者はもっと騒ぎ立てなかったのか、なぜ警察に訴えなかったのか、という問題がある。昭和時代は日常場面でセクハラに満ちていたが、それを警察に訴え出る人はほとんどいなかった。そのような性意識と人権感覚の遅れが芸能界で長く引きずられたこととともに、おそらく被害者は、ジャニーズとメディア・世間との結びつきが絶大であることを知っていて、訴えても無駄だと感じていたのだろう。)

山上に、その絶望や自暴自棄をもたらした、自民党との「特殊な関係」が不当だから統一教会は解散すべし、と言うなら、その論理はメディアに大ブーメランし、「特殊な関係」を長年続けた理由で、ジャニーズ事務所と創価学会の解体が要求されなければならない。


メディア不信がテロを生む


小説「平成の亡霊」や、これまでのnoteの論説で私が訴えたかったのは、ジャニーズにせよ、創価学会にせよ、統一教会にせよ、メディアなどの公的組織とそれらとの「不適切な関係」は、予想を超えた大きな社会的被害として現れる、ということである。

安倍元首相暗殺事件や、ジャニー喜多川の性加害事件は、私の懸念を裏書きする出来事だったが、私が最初にこの懸念を抱いたのはオウム真理教事件である。

政治やメディアが、一部の「カルト」と特別な関係を結び、利益供与と便宜を交換していると知れば、そうした力を持たない庶民は絶望せざるを得ない。

人びとは、何を信じていいかわからなくなる。

その絶望が、陰謀論や、過激主義や、テロを生む。

だから、メディアや政治組織の「異常な関係」を、放置してはならない。それは、メディア不信を生み、社会不安を招く。

「異常な関係」は一部だけで、ほかの大部分ではいいことをやってますから、というのは言い訳にならないのだ。


いま、政治権力における創価学会の力、そしてメディアと創価学会の癒着には見て見ぬふりをして、一方で、政府が統一教会に解散請求をし、それをメディアが当然視するなら、1989年に麻原彰晃が感じたと同じ不公平感と絶望を、どこぞのテロリストに与えかねないと心配だ。


「ファクトチェック」が、メディアの信頼回復につながらないのは、メディアが「何を書いたか」よりも、「何を書かないか」に人びとが敏感になっているからだ。ジャニーズ問題は、その疑惑を確信に変えた。

メディア不信を払しょくしたいなら、「ファクトチェック」みたいな小手先のことではなく、根本を見直さないとダメだ。

ジャニーズとの関係を清算できなかったメディアは、見苦しい言い訳をするくらいなら、信頼を取り戻すためにやるべきことがある。

聖教新聞、公明新聞の委託印刷を止め、創価学会との関係を自ら断ち切ることだ。もし、それは無理だというなら、ジャニーズとの関係を反省しているとは言えない。それくらいのことをしてみせないと、メディアの信頼を回復させる道はない。


1951年創刊の聖教新聞は、草創期から全国紙、地方紙の新聞社(系列の印刷会社)に印刷を委託してきた。
学会が支持団体である公明党の機関紙、公明新聞は62年の創刊。こちらも草創期から印刷を委託していたことになる。さらに調べていくと、聖教新聞と公明新聞の両方の印刷を受託している新聞社は西日本新聞社、中国新聞社、北海道新聞社、静岡新聞社、新潟日報社、岩手日日新聞社など枚挙にいとまがない。
聖教新聞と公明新聞、そして印刷を受託している一般紙の新聞社は、お互いに長い歴史の中で基幹事業を支え合ってきた。もはや切っても切れない縁なのだ。(ダイヤモンド・オンライン 2020年12月)


創価学会系新聞をもっとも多く印刷しているのが、毎日新聞系の中核印刷会社、東日印刷(東京都江東区)、公明新聞の印刷費が二番目に多いのが、朝日新聞グループの日刊オフセット(大阪府豊中市)、聖教新聞を印刷している東京メディア制作(東京都府中市)と南大阪オール(大阪府高石市)は読売新聞グループ……などと紹介、両紙を合計すると年間で四十五億円余が「創価学会側から新聞社や系列の印刷所に流れている」として「新聞社は学会から“金縛り”」にあっているとコメントしています。(しんぶん赤旗 2002年9月15日)


新聞社サイドは同(2012)年、計220万円を公明党に献金し、政治家個人に対しても、安倍首相や谷垣法相など約160人の議員個人に献金。まさに新聞と政治の癒着で、新聞への軽減税率が実現しようとしている。(My News Japan 黒藪 哲哉 2013年12月26日)


<参考>



















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