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離婚ついて

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離婚にまつわる話
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離婚をしてでも欲しかったもの。どうしても逃れたかったもの。

離婚をしてでも欲しかったもの。どうしても逃れたかったもの。

結婚10年目に離婚をした。好きな人が他にいたわけでもなく、DVがあったわけでもない。それでもどうしても、どうしても、結婚生活を終わりにしたかった。そうできなければ死と同然だった。さらなる幸せを求めた訳ではなく、生きるためにどうしても耐えられない不幸から逃げる必要があった。

結婚している間は、夫が操縦する船に乗っていた。
とてもよくできた船で、頑丈で、安心で、何の心配もいらなかった。今思ってもよく

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離婚から8年

いなくてもやっていける。お願いだから別れてほしい。といって別れを切り出したのは私。

そんなにチームとして機能不全ならばいない方がマシである。そう思って離婚を切り出したのは私。

結婚していてはスタートさえ切れない。そう思って1人になりたがったのは私。

子どもは父親がいなくても私1人で育てられる、そう軽々しく思っていたのも私。

1人になれば、離婚さえすれば、なんだってできると希望を持っていたの

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自己肯定感は身を守る

自己肯定感は身を守る

「人のせいにしておくと向き合わなくてすむ問題があるんじゃないかな。」とあるドラマのセリフだ。

あの時の別れは端的に言うとこうだ。
「自分の代わりにあの人が私のことを大切にしてくれるはずだったのに全然してくれないじゃないの!ふん。じゃあもういいわ。私のことを大切にしてくれないならあなたなんて用済みよ!」

もし自分で自分を大切にすることができる人間だったら、そもそも極端な肯定をくれる人間に惹かれる

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世間知らずだったからこそ勇敢だった

世間知らずだったからこそ勇敢だった

頭の中に思い浮かぶのは「お金」の文字で、自分がどうだとか、アイデンティティがどうだとか、そんなことよりとにかく「お金」。
子どもと過ごす、自由なようで自由でない曖昧な時間ばかりがある。この時間は全く「お金」にならない。
片手間で部屋を整理していたら離婚したばかりの自分の写真が出てきてぞっとした。そこには世間知らずの甘えた顔で、堂々と被害者面で、それでいてどこか興奮している愚かで脆弱な1人の中年女が

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どうして別れたのかというと。

どうして別れたのかというと。

人と関わって生きているなら傷つけ合うことは避けられないけれど、せめて誠実でありたいと願うなら相手の視点に立ってものを見ようとすることが唯一の方法。相手の視点に全く立っていない良い人テンプレートのような振る舞いは無視と同じ。無視は心の殺人。相手の視点に立って振る舞わないことは心の殺人。どんなに良い人の皮をかぶっていようが、後ろ盾のある見た目だろうが、殺人鬼には変わりない。忙しさは人を心の殺人者にする

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0629「子どもの親への気持ちの重さ」

0629「子どもの親への気持ちの重さ」

我が子は小学2年生になり、親に見せるのとは違う友達といるときの顔を持つようになった。友達といるときは私のことを悪く言ったり、自分の境遇を正直に言ったりしているようだ。
まだまだ甘えん坊の子どもに見えるけれど、親のことを批判的に見ることができていて安心する。一緒にいるときの彼女は盲信的に私のことを信頼しているように見えるから。
盲信的な気持ちを向けられると赤ちゃんと母親の間にあるような穏やかな暖かさ

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助手席なんて座りたくない

助手席なんて座りたくない

つくづくわがままな性格なのだと思う。
結婚生活や若い頃のことを思い出して、2度と戻りたくない場所の一つは車の助手席だ。
あのサポートに徹しないといけない座席のことを考えるだけで苦しくなる。
音楽をかけたり、ナビの入力をしたり、飲み物を用意する。
相手の様子を見つつ運転しやすいようにサポートする。
外を眺めるか会話をするしかないあの空間を思い出すと、途端に閉塞感を覚える。
結婚生活の大半が夫婦仲がギ

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2倍輝く太陽になります。

2倍輝く太陽になります。

やはり彼は宇宙人だ。私とは共通言語が全くない。
自信に溢れたその言動と、経済的な成功により隠されているけれど、深く知り合うほどに、非常に未熟で情けないほどに浅はかな内面が見えてくる。残念なのは、そのことにを省みるだけの謙虚さと思慮深さを持ち合わせていないことだ。愛嬌と勢いと、一見巧みな話術で人を惹きつける。そして深く関係を築こうとすると最後。その薄っぺらで衝動的な行動に振り回されるのだ。遠くから見

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これまでで一番幸せだった時

これまでで一番幸せだった時

これまでで一番幸せに暮らしていた時期はいつだろうと振り返る。やはりそれは今なんじゃないかと恐る恐る思う。次いで、音楽を大学で専攻していた時。高校までの学校に通っていた時はいつも退屈していたし、就職した時の忙しさは幸せとは遠かった。主婦をしている時が自分にとっては底だ。今では持っていないものを持っていた時期もたくさんあるけれど、幸せかどうかで言えば、いまが一番なのではないか。お金は厳しいし、先は見え

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子どもに恩返し

子どもに恩返し

もし娘があのとき私のお腹にやってきてくれなかったら、離婚の決意はつかなかったのではないか。あのままずっとだらだらと向き合うことを避け続けていたのではないか。

私は娘を得て仲間を得た気持ちになって、心強かった。守らなければいけないものができて強くなったというよりも、仲間を得て嬉しかった。これで、この人から離れたとしても一人ではないと思ったのではないか。依存先を夫から娘に変えただけではないか。娘が生

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静かな悪事の数々

静かな悪事の数々

ずっと別れたかったけれど決心がつかなかった。子どもができたら何かが変わるんじゃないかと思うと同時に、夫はいらないから子どもだけでも欲しいと思っていた。子なしで離婚する孤独は嫌だけど、子どもがいれば仲間を得たようで心強いと思った。

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よしよし、私。

よしよし、私。

元夫は、やることなすこと全て私を怒らせる。これだけ距離をとって関わらないようにしているにもかかわらず。年に数回の事務的なやり取りでさえ、予想をはるかに超えた明後日の方向からやってきて、日常を掻き乱す。どうしてこんなにも私の安定と穏やかさを奪うのだ。いい加減まともになってくれ。元夫からLINEがくるたびに心臓が痛む。手が震える。もう、いい加減に放っておいてくれ。

どうしてこうも、彼は私を苦しめるの

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ふたを開ける

ふたを開ける

あー、やっぱり結婚がうまく行ってほしかった。愛し愛される結婚生活を送りたかった。ずっと私のわがままを聞いていてほしかったし、甘やかして欲しかった。家族でいて欲しかった。私はずっと子どもだった。ずっと子どもでいたかった。一緒に料理したり、協力して家事をしたり、そうやって暮らしたかった。

昔より今の自分の方が少しはマシだと思うし結婚生活は苦しかったから、離婚は必要な過程だったと思うけれど、本当は家族

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離婚は、システムの崩壊と再構築

離婚は、システムの崩壊と再構築

夫婦というシステムにのって生きていこうと思ったら、どうもそのシステムは私たちには合わなかった。

そこで、夫婦は終了!とすることになった。つまり離婚した。

それではさようなら。
とできればいいのだけれど、子どもがいるからそうは行かない。子どもにとって私たちは親であり、無関係の人間とはならない。

しかし夫婦が解体した時、「夫婦の関係性が崩れたから、それ以外の関係性で行きましょう」というようにあら

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