見出し画像

江戸っ娘の読書日記 vol.2: 死都日本

『死都日本』石黒耀(講談社文庫)

今日ご紹介したいのは、すれ違うだけでおススメの本を交換し合える「taknal」というアプリで紹介された石黒耀著の『死都日本』です。
内容的に近い作品では先日、日曜ドラマも放送された小松左京著の『日本沈没』がありますが、本作は霧島火山帯の噴火により日本が壊滅的な打撃を受けるという物語です。
文庫にして600ページ超あるので、個人的には中だるみ期間含めて10~14日ほど読了までかかると想定していたのですが、在宅勤務+フルフレックスなのをいいことに仕事は最低限やることやって没頭して一気に読み切ってしまいました。
読了してみて思うのは「この情報量なのによく600ページちょっとでまとまったな」ということです。それくらい刻々と変わりゆく状況の描写が克明で、読んでいるというより登場人物と一緒に火山噴火を体験しているような錯覚に陥ります。

ちょうど本作を読んでいるときにブラタモリで鹿児島の桜島の噴火や成り立ちについて解説していたので、さらに本作の理解が深まりました。

ところで、皆さんは火山灰ってどんなイメージがありますでしょうか?
江戸っ娘は親戚が九州にいるので「灰って家の中まで入ってきて掃除とか面倒だな」「洗濯物干せない」「水ってかけちゃいけないんだよね」くらいのおばあちゃんの知恵袋程度の知識はあるのですが、実際に大型火山が噴火したら、こんな知識は役に立たないということを気づかされました。

例えば、火山灰が積もったことによる家屋倒壊や電線の断絶。時々、関東で慣れない大雪が降ると家屋倒壊のニュースがあったりしますが、雪と違い硫黄などの火山性ガスの臭気で呼吸が苦しく、後から後から降り続ける火山灰に涙が沁みる中、灰下ろしをしないと1m2あたり9~18㎏(雪は1m2あたり2㎏~)の重量がかかってしまうということ。これだけでも難しさが想像できるのに、雪と違い融けないので捨てることもできず、ひたすら積もっていくこと。その結果、川や道、低地が埋まり、地形が変わってしまう。特に歴史のある工場などは波形板の屋根など火山灰を想定していない建屋も多いのでひとたまりもないでしょう。
また、火山灰が家の中に入ってくることは先にも述べましたが、先端企業などでも火山灰の付着による換気扇などの故障により、工場内に火山灰が入り込み製造ラインが止まることもあると思うと「日本大丈夫か?」という気がしてきます。
これらを総合して考えると噴火の規模によっては東日本大震災以上にサプライチェーンが混乱することが想像できます。

またこれだけではなく、火砕流が発生するような地域では火砕流の高温により川や湖が蒸発する一方で、低地に火山灰や噴石が蓋をするようにたまってしまう、これを火砕流堆積物というそうです。この火砕流堆積物の下では高温下で蒸発した水分が体積を増し、噴火口のように爆発し、ぼこぼこできた穴からは高温の水蒸気が噴き出す。しかも、その高温がサウナで汗を流すレベルではなく数百度ともなると、仮に生き残れても、そんないつ爆発するかわからない大地の上を歩いて避難なんて恐ろしくてできません。。。

しかも、火山は噴火して終わりではなく、急激に熱せられた河川や空気中の水分により飽和状態になり雨雲が発生。その雨が降り積もっただけで固まったわけではない火山灰を押し流すので、あちこちで土石流が発生するなんて考えたこともありませんでした。これを専門用語でラハールと言うそうですが、ここまでの災害はどれも言われてみれば納得するのですが、なかなか想像するのは難しいと思います。本当に災害の描写だけでも戦慄が走ります。

そうして、最後に襲うのが広範な噴煙による気温低下および世界的な大飢饉。地球は丸い、国は違えど運命共同体ということを改めて認識させられました。

ただ一方で本作の興味深いところは、これらの火山活動を各種神話の説明に用いていることです。人間は火山に襲われながらも、その恩恵を受けて生きてきた、それが神話の形を成して残っている、ということが全編を通して語られています。
正直、江戸っ娘は古事記やギリシャ神話、その他の神話をそういう視点で見たことがなく、かつ本作ではとてもきれいに説明できているので、衝撃的な理論でした。あまりこの点を触れると読んだ時の面白さが減ってしまうので、ここまでにしましょう。

そして何より正直、心底うらやましくと思うのがK作戦室及び作戦遂行トップの菅原首相です。
霧島噴火を予想しつつ、被害を最低限・最小限に抑えるべく、いつ訪れるともわからないXデーに向けて粛々と準備を進め、いざXデーが訪れると計画に沿って機動的に動く面々。今の日本で同規模の災害が起きたとしても、とても望むべくもないという現実を思うと絶望的な気持ちになります。
特にこの面々の素晴らしいところは前例主義ではなく、全く新しい視点に立つことで危機を脱しようと奮闘することです。新進気鋭の野党から上り詰めた菅原首相はその先陣に立って日本を救い、変えていこうとしますが、必ずしも理想のリーダーとは言い切れないかもしれない人間臭い部分に江戸っ娘は親近感を感じました。
とはいえ、もちろん主人公の火山学者・黒木と相棒の宮崎日報・岩切もそれぞれに個性的に魅力的な人物です。

最後に災害物といえば、外せないのは自衛隊の災害出動ですが、本作は単行本が2002年、文庫化2008年なので当時の装備で書かれています。もう少し遅かったら『シン・ゴジラ』でも活躍した日本最大の護衛艦いずも型も登場できただろうなと思うとちょっと残念な気がしますが、その辺もぜひ楽しんでいただけたらと思います。

何はともあれ、地震だけではなく富士山の噴火も時たま話題に上る中、本作のように山体崩壊するほどの噴火が起きないことを祈るばかりです。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?