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    女の子とスニーカーのおはなし

記事一覧

0409

終には君に何も言えなかったことと、俺が未だにクジラを見られていないことは連動しているとこじつけます。遂に俺がクジラを目にするとき、君もそこにいると思えるので。 …

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3週間前

アブラムシがめちゃ飛んでて困る日

朝、君の夢を見て夢精した。 昼、母にゴールデンカムイの話をされた。 夜、テレビでジョセフジョースターのコスプレをみた。 道営記念、多頭落馬起きたけど1番人気の6-9で…

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5か月前
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ミス・バレンタイン

ビニールカーテン越しに見た彼女の姿は、すでに記憶に怪しくなっている。 切り揃えられた前髪を残して、後ろで一つに結ばれた黒い髪。 年齢は僕よりいくつか年下に見えた…

積みグミ

 宝石みたいに透き通っていて綺麗だから、私はグミが好き。たぶん飴のほうが光沢もあって固いから宝石に近いと思うけど、グミには勝てない。いくら綺麗で甘くても、もぐも…

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月のお姫様は竹から産まれない

 ほんとにばからしい。なにがそんなにばからしいかって、それはなにも音読のしゅくだいそれ自体のことをいってるわけではありません。かちゃかちゃ、とんとんと音立てて、…

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コロニー その5(終)

 ずじゃっ。靴底が湿った砂を叩く。間に挟まれた風船は音もなく割れた。突き立てた脚に体重を乗せ、彼女は割り切れない感情を単純明快な悪口に込めて放つ。  「……のば…

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コロニー その4

 風船をつくる子、生殖器官をつくる子、猛毒の触手をつくる子…。たくさんのヒドロ虫がそれぞれの役割を果たすことによって共に暮らしている。もちろん口や胃をつくる子も…

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コロニー その3

 (「なんだっけあの…風船の、アレの名前。」)  彼女がそれを見たとき、はじめに思い浮かんだイメージは『ポリバルーン』だった。きれいにまあるくできずに、いくつも…

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コロニー その2

 (「海だ。」)  彼女が右手に提げるアルミ缶は、その内容量を4分の1ほどまで減らしていた。そうして可動域を手に入れた辛口生ビールは、彼女の歩調に合わせて、ちゃぷ…

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コロニー その1

 彼女は手に下げたビニール袋から冷えた缶を取り出し、「おさけです」と書かれたその栓に指を掛ける。親指を引き上げると同時に響き渡るはずであった小気味良い炸裂音は、…

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エアフォース1 その8(終)

 靴箱を開けると、かすかに潮の匂いがした。    波のささやき。その響きに合わせて舞い遊ぶ砂粒。裸足をくすぐる感触。きらめく漂着物へと近づく足音。すぐに消えてなく…

3

エアフォース1 その7

 我々は知っている、彼女の身を包むプルオーバーのパーカーの内側に起こった変化を。食事を平らげ体積を広げた胃袋が、彼女のおなかを膨らませていることを。そしてそのふ…

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エアフォース1 その6

 「花見」という語における「花」とは一般に、冬を終わらせんがために咲く彼の桃色の群れのことを指す。凍てつく大気が染め上げた白の風景に感傷を覚えたのも束の間、それ…

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1

00:00 | 00:00
3

エアフォース1 その5

 天球一面に張り付いた白は、心の空模様を灰色に染めてしまう。もしそこに一点の赤が在りさえすれば、胸を覆った灰色をねずみ色と読み替えるくらいの遊び心も湧き出てくる…

5

エアフォース1 その4

 「ちーちゃん、ごはんだよ。」彼女がそう言い終えるより先に、ちーちゃんと呼ばれたその白猫は、体色より少し濁った白の陶器に顔を突っ込んでいる。器の内容物をかりかり…

3

0409

終には君に何も言えなかったことと、俺が未だにクジラを見られていないことは連動しているとこじつけます。遂に俺がクジラを目にするとき、君もそこにいると思えるので。



みんなに着いて行けず、その苦しみを形にする術も持たず、その旨を聞いていただける友人さえも得られなかった。愛を求めるには余りにも烏滸がましい、オスとして果てしなく劣った存在。「まだオスとしての矜持が残っているというのか?」立って排尿で

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アブラムシがめちゃ飛んでて困る日

朝、君の夢を見て夢精した。
昼、母にゴールデンカムイの話をされた。
夜、テレビでジョセフジョースターのコスプレをみた。
道営記念、多頭落馬起きたけど1番人気の6-9で決着した。
渡せなかったTシャツが捨てられない。
棚の中でヒグマはずっと星を見つめてる。

ミス・バレンタイン

ビニールカーテン越しに見た彼女の姿は、すでに記憶に怪しくなっている。

切り揃えられた前髪を残して、後ろで一つに結ばれた黒い髪。
年齢は僕よりいくつか年下に見えた。
身長は少し高く、服装はもう覚えていない。

彼女はおにぎり二つと大きい菓子パンを買ったので、お昼にこれ全部食べるのかなと邪推した。
ありがとうございましたを言ったら、彼女はがんばってくださいと返した。
俺は戸惑ってへらへらするだけだっ

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積みグミ

 宝石みたいに透き通っていて綺麗だから、私はグミが好き。たぶん飴のほうが光沢もあって固いから宝石に近いと思うけど、グミには勝てない。いくら綺麗で甘くても、もぐもぐできないのは困る。食べた気にもならないから。

 でも、グミが一番いいのは、この上なく人工物なところ。宝石みたいに綺麗で、果実みたいに甘くて、乳首みたいな柔らかさで、手も汚れない。手っ取り早く幸せな気持ちになれるように作られた、全年齢向け

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月のお姫様は竹から産まれない

月のお姫様は竹から産まれない

 ほんとにばからしい。なにがそんなにばからしいかって、それはなにも音読のしゅくだいそれ自体のことをいってるわけではありません。かちゃかちゃ、とんとんと音立てて、夕ご飯のしたくに精を出しながらニュース番組を耳でみているママにむけて、ふつうより大きな声を出してこくごのきょうか書を読み上げる。まい日のことだから、ママも聞いているのかいないのかわからないし、それよりもなんで声に出して読まなくちゃいけないの

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コロニー その5(終)

 ずじゃっ。靴底が湿った砂を叩く。間に挟まれた風船は音もなく割れた。突き立てた脚に体重を乗せ、彼女は割り切れない感情を単純明快な悪口に込めて放つ。

 「……のばか!」

 その一撃は海原を抉りながら、水平線めがけて一直線に進んでゆく―――なんてことはなく、数メートル先に落っこちた。思うように飛距離が伸びなかったのは、もとより小さい声量の所為だけではなかったように思われた。
 不運にも二度目の死を

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コロニー その4

 風船をつくる子、生殖器官をつくる子、猛毒の触手をつくる子…。たくさんのヒドロ虫がそれぞれの役割を果たすことによって共に暮らしている。もちろん口や胃をつくる子もいて、一匹の“カツオノエボシ”として栄養を摂取しているわけだから、はぐれ“ヒドロ虫”として群れを離れることは叶わぬ願いだ。純粋な「個」として生きていくことが出来ないヒドロ虫の、その”群体”の大群を眺めながら、彼女は思う。

 (「わたしも“

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コロニー その3

 (「なんだっけあの…風船の、アレの名前。」)

 彼女がそれを見たとき、はじめに思い浮かんだイメージは『ポリバルーン』だった。きれいにまあるくできずに、いくつも膨らませたいつかの記憶が想起される。ビニール樹脂が生む不自然なまでの虹色もそっくりで、机に並べた歪な風船たちが渚によみがえったみたいな感じがした。なにか物足りないのは、あの鼻に付く薬品臭がしないから。やはり見知った風船もどきとは別物なのだ

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コロニー その2

 (「海だ。」)

 彼女が右手に提げるアルミ缶は、その内容量を4分の1ほどまで減らしていた。そうして可動域を手に入れた辛口生ビールは、彼女の歩調に合わせて、ちゃぷん、ちゃぷんと揺れるのだ。その呑気な水音が別の水音に飲み込まれてしまうまで、そう時間はかからなかった。潮騒は穏やかに、しかし強かに響いている。斬鉄剣で袈裟斬りにしたような弦月をきれいに映す今宵の海は、運動不足の彼女の乱れた呼吸よりよほど

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コロニー その1

 彼女は手に下げたビニール袋から冷えた缶を取り出し、「おさけです」と書かれたその栓に指を掛ける。親指を引き上げると同時に響き渡るはずであった小気味良い炸裂音は、カンカンカン…と鳴り出した不協和音のリフレインで掻き消えた。

 彼女の黒髪が揺れる。がらんどうの終列車が風を引き連れ視界を流れてゆく。鉄と風の唸り声。その騒音がやがて雑音へと変わる頃に、隠れていた例の2和音が再び顔を覗かせるのだ。カンカン

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エアフォース1 その8(終)

エアフォース1 その8(終)

 靴箱を開けると、かすかに潮の匂いがした。
 
 波のささやき。その響きに合わせて舞い遊ぶ砂粒。裸足をくすぐる感触。きらめく漂着物へと近づく足音。すぐに消えてなくなる足跡…。
 
 最後に海に行ったのはいつだっけと、彼女はスニーカーを取り出しながら回想してしまう。海馬に散乱する写真の中から海の写るものだけを選り分けて、時系列に並べてゆくのだ。そうして彼女は2年前、鎌倉に旅行したときが最後だなあと結

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エアフォース1 その7

 我々は知っている、彼女の身を包むプルオーバーのパーカーの内側に起こった変化を。食事を平らげ体積を広げた胃袋が、彼女のおなかを膨らませていることを。そしてそのふくらみは細身のジーンズパンツに締め付けられており、彼女はいくらかの苦痛を感じてもいるということを。一方で、彼女の表情を占めるのは苦しみにも勝る多幸感であり、オーバーサイズの裏起毛素材に隠された真実に気付く者はいない。
 
 かさを増した腹部

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エアフォース1 その6

 「花見」という語における「花」とは一般に、冬を終わらせんがために咲く彼の桃色の群れのことを指す。凍てつく大気が染め上げた白の風景に感傷を覚えたのも束の間、それに飽いた我々の苛立ちが、色と熱への渇望が、その桃色を咲かす。

 今、彼女の視線の先にある花もその意味での「花」であるのだが、それは桃色ではなく鮮やかな朱色を放つ。五枚の花弁を携えた小さな朱は、黄金色の湖に浮かぶおうどん島の上に咲いている。

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エアフォース1 その5

 天球一面に張り付いた白は、心の空模様を灰色に染めてしまう。もしそこに一点の赤が在りさえすれば、胸を覆った灰色をねずみ色と読み替えるくらいの遊び心も湧き出てくるだろうに。質素という語を象徴する、かの伝統的スタイルのお弁当ですら一粒の赤をその中心に据えているのに。などと愚痴を垂れたくなるような、あるいはそんな気力も湧かぬような曇天の下、彼女は二輪車を漕いでいる。
 
 ややもすると、明朝の出撃に備え

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エアフォース1 その4

 「ちーちゃん、ごはんだよ。」彼女がそう言い終えるより先に、ちーちゃんと呼ばれたその白猫は、体色より少し濁った白の陶器に顔を突っ込んでいる。器の内容物をかりかりとむさぼる様子はいかにも無防備であるが、小さな口から覗く鋭い犬歯はその画にそぐわず野性的に艶めいている。そんなふうに観察してみて、私も食事中は無防備な姿をさらしているのかなあ、などと彼女は思うのであった。
 
 ぼーっと眼球運動を停止してい

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