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2020/08/18「未だ訪れぬ見せ場のために」
ラストシーンを見終わっていないドラマのようだ。
21年という時間を見終わり、まだラストシーンを見ていないから、私は生きているのだ。「私と未だ出会わぬ誰かとのエンディングを見るまでは、ドラマのここぞという見せ場を見るまでは。」そう思いながら生きているのだ。
ふと気づいてしまった。
「そんな見せ場が今後待っているという保証はどこにある…?」
21年という時間、小中高大と、勉強、勉強、勉
2020/08/13「私のことは私が決める」
就職活動もひと段落ついた今日この頃。
志望度合いの高かった応募先から合格通知をもらえたことで、昨年からずっと張りつめていた自分の気持ちが、ぷつんと切れてしまった。大学で親しくしている友人に、話の流れで結果を伝えると、一緒に喜んでくれた。家族もまた、喜んでくれた。
ただ、時々言われる「その志望先でいいの?」という軽い言葉が胸を掠っていくのが、もやもやとして少し分からなくなってしまう。
2020/07/12「値打ちづけの連続の中で」
時折、どうしようもなく自分が嫌になって胸が苦しくなる。
「他人のものは俺のもの!」とまではいかないが、普段は自信と余裕たっぷりな態度でふざけてみたりする。しかし、本当はどれだけ自分が弱い人間か、よくわかっている。
人から評価されることにいつも怯えてしまうのは、自分の信念がないからだろうか。何事にも堂々と、着々と努力を積む人を横目に、私は形さえ真似ればいいやと中身のないことをしてきたのかも
2019/12/26「大学生の戯言」
"誰もが泣きながら、同じだけの苦しみを抱えて生きている。"
そんなのは嘘だ。
この世界には確かに階層構造が存在するし、むき出しの不平等で埋め尽くされている。それを簡単に「あなただけじゃない。誰もが苦しんでいる。」と励ましの言葉で使われてしまう。
私はこの言葉を世界から抹消したいくらいに嫌っている。
大学生活を3年も送っていると、だんだんと見えてくることがある。
高校までと違っ
2019/8/05 「この感情全て私だけのものだ。」
とても泣きたい気分だ。というか、もう泣いているようなものだ。
こんなことを書いていたら、私の感情はまた誰かの言葉に枠取りされて、固定されてしまう。それにも泣いてしまいそうだ。知ってほしいと思う反面、「客観的」な主観で私を語られるのが嫌で、私の言葉ですら真実でないのに、あなたの言葉であたかも分かっているかのように語らないでくれ。本当に…語らないでくれ。
正しいと言いたい。私は私のままであり