見出し画像

古川慎二「心神を痛ましむること莫れこの故に」

 晴れた日の昼休み。
慎吾しんごくん。私のために歌って」
 亜香里あかりは面白いやつだ。誰に対してもこんな調子のお調子者で、素敵な人だ。
 どうしてと尋ねたら、
「だって歌、得意って言ってたじゃん。確かめさせて」
「いいよ」
 俺は最近流行っている歌を歌ってみた。
「笑える」
 笑われた。
「どうせなら、『空の彼方』歌ってよ」
「タイトルしか知らない」
「やば。おもろ」
 彼女は携帯で曲をかけた。
 どこにでもいそうな男の、どこかで聞いたような歌声のありふれたヒットソングが流れる。
 こんな歌詞だ。 

遠い世界で また君を思う
空の彼方へと 翼広げて
今巡り会った すべての季節に込めて
ただ愛していたと 思いを空に向けて
繰り返すたび 擦り切れたテープ
ダイビングしながら 再生してる
 
色を込めて歌おう 空の彼方まで
思い出だけ 世界に響かせ
 
色を重ねて行こう 君と僕とみんなの波長
波動 離れていても
 
もう未来は開かれた

「空の彼方へ」歌詞より

 リズムもメロディも良いが、歌詞は普通だ。というかダサい。聞いていると恥ずかしくなってくる。しかしもちろん、そんなこと言うわけにはいかない。
「いいと思う。練習してくるよ」
 こういうと亜香里は、
「楽しみにしてる」
 と笑った。

◆続きはアンソロジー『inagena vol.1』でお楽しみください◆
(『inagena vol.1』は「文学フリマ東京38」にて販売します)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?