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光景のアイランド

 光景のなかに、人類の手からこぼれ落ちた島があった。都会から島流しにされた男女たちが、その島にたどりついて自然とともに生活しており、亞里砂もそこにいた。

 都会から島に流されるときはさみしくてならなかったのに、島ですごしていうるちに、亞里砂は帰りたいと思わなくなった。

 島流しにされた男女たち毎日、海を泳いで魚を追い求めた。いつものようにみなで海で泳いでいると、亞里砂の泳いでいる近くに半分に割れた丸太が浮かんでいた。その上に立ってみると、天賦の才なのかも知れない、彼女は波乗りをたちまち覚えた。

 調子に乗って燥ぎながら、波を背に海面をすべっていると、波のなかに幾つも見えていた魚たちが次々と飛び跳ねて丸太に乗っかった。これは一体どういうわけだ。いつも追い求めていた魚たちがわざわざ向こうから飛び乗ってくれている。亞里砂は食べものの心配をなくした。

 喉の渇きをうるおすために島のみなが集まる、幹が五〇メートルある巨樹は、樹冠に雨を蓄える。みなはそこからしたたる水を享受しているのだが、亞里砂はある日、緑のなかにそびえ立つその巨樹に、一本のたれ下がる蔦を見つけた。首を傾げて引っ張ってみると、巨樹から大雨が降り注いで、大きな七色が巨樹のまわりにできた。

 巨樹から降りしきるあかるい雨に、草むらの緑から動物たちが誘われてきた。いつもこちらから追い廻していた動物たちが、雨を求めてみずからよってきたのだ。亞里砂は動物たちをしたがえて、巨樹のまわりに、大雨を何度も降らせ、七色に彩った。

 島の男女たちは、巨樹からの大雨による七色のなかで、馬鹿騒ぎをした。馬鹿騒ぎは夜もおこなわれ、幾日も続いた。日を追うごとに亞里砂たちは、けれども馬鹿騒ぎに疲れてきた。馬鹿騒ぎをやめたくなったがしかし、馬鹿騒ぎはみなの気持ちと裏腹に、七日間も、勝手に続いてしまっている。

 馬鹿騒ぎを終えるためには、この七日間に名前をつける必要があったが、そんなことをするタイミングはない。みな、疲れながらも騒いでいた。と、馬鹿騒ぎのなかで、みなの燥ぐ声が一瞬間、同時にやんだ。その一拍の静まりに、偶然一人だけ声をだした者の言葉が響いた。

 女性の声によるその言葉は、「天国入手」というものだった。燥ぐ声と燥ぐ声の狭間の沈黙に、偶然声を上げたその一人の女性が、この七日間の名づけ親になった。「天国入手記念日」という名前がつけられ、馬鹿騒ぎはついに終わった。

 島は、コントロールされる人間の島になった。この「天国入手記念日」を境に島をコントロールする秘術を得た亞里砂たちは、その秘術をもっと広めたくなった。この島の人間たちは、もうすでにみな秘術を知ってしまっている。知らない人間たちに教えなくてはいけない。いま一度、秘術を教え広めるためには、海を繰りだすしかない。

 島を離れる日がきた。太陽の下でいかだが組まれた。巨樹からへし折った枝葉によって日射しを覆い隠すようにして完成した巨大ないかだで、亞里砂たちは太陽と海に挟まれてふたたび都会を目指した。

 島では、そんな者たちによる歴史が何度も繰りかえされていた。亞里砂たちが去った島に、島流しにされた他の者たちがあとから同じように棲んでは島をコントロールできるようになったかと思うと、亞里砂たち同様に去っていく。

 この島の歴史は、人類の手からこぼれ落ちたまま未来へと時間を経過させる。都会にもどったら、みな秘術のことばかりかんがえるようになって、肝心の島の光景のことを忘れるのだ。


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