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都会へ

 射すのは午前の太陽、都会行きのバスに乗っていた。車窓からの風景は、北へ流れてからUターンをして南へ流れ、北上した。
 がらんどうの一番うしろの席にいて、海辺を走ってからひまわり畑をとおるとき、花の黄と、斜め上から射すピアノ線状の黄金が交わった。二つの色の交差に眠気を誘われながら、しばらくして石造りの建築物の流れを見た。
 それは初めての都会の光景だった。美しい都会の雑踏とひかりが流れている。喫茶店や靴屋から黄色いひさしがたれ、車道に作られる青い影をふみながら進んでいたバスが巨大な影のなかへ滑り込んだとき、暗がりに目が見えなくなった。
 停車すると、花の白を携えた喪服の人々が流れ込んできた。私の座る後部座席の並びには喪服のカップルが三、四人ぶんスペースを空けて座った。花の白は百合だと知れた。それの匂いが強く漂う。喪服たち全員が腰掛け終えると、バスは影のなかを発車した。
 影を抜けても陰地が続いていた。城のような建物の色の青炭が押しよせているせいだ。その建物にある窓の色は壁の青炭と同じ青灰で、偽物の窓とわかる。城のような建物の青灰の流れは延々と続き、ところどころのエメラルドグリーンは城壁にむした苔の色と思われる。
 バスの座席は喪服たちで埋め尽くされているのに静まりかえっていて、寒いほどの冷気が百合の匂いと交じって停滞している。窓に隙間を作った。樹木のない都会に、蝉が鳴いている。
 都会のなかをエンジン音がうなる。他に車は見あたらない。こちらの列のシートに座っている喪服のカップルが、何やら囁きあっていた。その黒染めのカップルは、百合の花束越しにこちらを覗き見しては頭を擦りあわせるようにして笑っている。
 よく見ると、後部座席から覗けるすべてのシートに座る喪服たちは、みな、カップルのように男女一組で座っているようだ。
 運ばれて行く道は、未だ城壁による陰地が続いていた。喪服のカップルたちに埋め尽くされた車内に漂う百合の花の匂いに、黒い息苦しさのようなものが込み上げてくる。窓の隙間に顔をやって黒い息苦しさをこらえていると、影のなかでバスがとまった。
 喪服のカップルたちが順番に全員降りてから、バスが走りだした。後部の車窓から見える喪服たちの黒い塊が去るのを見ながら、空っぽの車内で息をついた。
 百合の匂いが残る車内で躰が傾いた。黄ひかりの黄金のなかを、バスが弧を描こうとしいている。どうやら千葉の南へ向けてUターンをこころみているらしい。


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