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直凪
2023年5月3日 22:53
分隊の六人が眠るテントの中で、人の動く気配がする。薄目を開けると、俺と同時期に入隊したナナリがテントを出るところだった。めくれた膜の隙間で細い三日月が笑っていた。 分隊長の怒声が夜明け前に俺たちを叩き起こした。「おい、銃はどこにやった⁉︎ ナナリはどこだ!」 全員分の銃剣がごっそり消え、見張りに立っていたナナリの姿が見えない。考えられることは一つだった。「探してきます」 俺は
2023年5月2日 23:12
前の住人が子供部屋に残していった私を見つけた彼は大喜びした。真珠のような柔らかな艶のある、陶器でできた馬。彼は私を新しい土地での最初の友達にと望み、私は彼の希望に応えて動くことができるようになった。 引っ越したばかりでまだ友達もいなかった彼は、学校から帰ってくるなり部屋にこもって私と遊ぶようになった。彼が来るまで窓辺で寂しく埃をかぶっていた私は、また子供の遊び相手になれることが嬉しかった。
2023年4月30日 23:24
天使みたいな子だって小さいころから言われてた。 ぼくはうれしかったし、この先も天使みたいでいようって思った。——本物の天使になろうって思った。 同じクラスのまりあちゃんはお父さんがアメリカ人で、幼稚園のときに劇で天使の役をやったって言ってたから、「天使ってどんなの?」って聞いてみた。「神さまのしもべだよ。神さまを信じてる人を守ったり、神さまの言葉を伝えたりするの」「しもべってドレ
2023年4月29日 22:08
ふと疑いが過る。 私が見ているものは現実だろうか。 向かっている先は本当に知っている場所だろうか。 手に持っているものは本当に鞄だろうか。 横を通り過ぎていくのは本当に人間だろうか。 私は本当に私だろうか。 冷たい血液が全身を逆流して、胃が金属でできているみたいに存在を主張する。春の終わりの日差しをはねつけて凍え切った指先が震える。一定の電子音が耳を塞ぎ、暗くなった視界に
2023年4月26日 22:59
乾いた枝の爆ぜる音。煙の匂い。 本能が危険を告げ、枯葉の寝床の上で飛び起きる。枕元の剣に手を伸ばし——その柄に触れることなく、上着の肩を手繰り寄せた。 まだ小さい炎を飛び越え、根城にしていた木のうろから出た。 暗い森の中、額に宝石質の角を持つ太陽の民が、角を持たない月の民に囲まれてこちらを睨みつけている。「選べ。覆いを捨て太陽の栄誉を受けるか、角を捨て月の下に降るか」 新月の
2023年4月25日 20:07
結婚という契約を交わした男と女は無条件に祝福すべきものとされている。 人を集めて幸せそうな顔をしてみせて、永遠という空疎を誓う。体裁さえ整えておけば、そこは喜びの場なのだという約束事が、不安も憂鬱も塗り込めて覆い隠す。 婚姻関係という型に収まって数年後、喪失をきっかけとした心身の不調に対処するために読み漁った本から得たいくつかの概念は、私にとって禁断の知恵の木の実だった。 どんなとき