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向田さんが自分の生き方を選んだ日の事 〜 向田邦子 「手袋をさがす」 〜 「おとなの掟」(椎名林檎)を聴きながら。


「許し」

向田邦子さんの本が大好きです。

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それぞれの書籍を覆う大きなメッセージがあるように感じていて。それは人それぞれ違うのかもしれませんが、僕がこんな風に捉えています。

「冬の運動会」「阿修羅のごとく」などに顕著なように、後年、人間の本質に向き合って、「大人になってもどうしようもないものたち=わたしたちへの許し」という境地に到達していたように感じています。

「カルテット」というドラマにみる「人間の本質」的なもの

数年前に放映されていた「カルテット」というドラマを覚えておられますでしょうか。主題歌は椎名林檎「おとなの掟」。(大人、、、の掟。)


ドラマの登場人物も、主題歌のタイトルも内容もある意味、人間の本質に迫っていて。

「大人」になったとしても、すべてに確固たる自信をもって白黒つけられるわけでもないし、いつまでたってもグレーなまま。どうしようもなく感情に振り回されたり、現実逃避してみたりしてしまう。

それが、そもそもの「人間というもの」のどこまで行っても変えることのできない本質だとしたら。やはり、与えうるものは「許し」しかないような気がします。

その状況をみて、あきらめることや見放すことは簡単。

でも許すという行為は相手と深く関わっていって、理解するからこそ、できることなのだと思うのです。

さて、そんな向田さんの若かりし頃、彼女がどんなふうに、その後につながる人生の選択をしていったのかを描いたエピソードが、エッセイとして残されています。

「手袋をさがす」 

このエッセイの概略は、、

どうしても気に入った手袋が見つからない。
防寒のために妥協して、そのあたりのもので間に合わせることもできる。
そのほうが早いし、楽でもある。

しかし、向田さんは、妥協をせず、いつまでも気に入った「手袋」を探し続けようと決心し、22歳のひと冬を(探しながら)手袋なしで過ごします。気に入らないものを身に着けるくらいなら、外したほうが気持ちがいいと。

ある夜、彼女は当時勤めていた会社の上司におそばをご馳走になります。

その時「君のいまやっていることは、ひょっとしたら手袋だけの問題ではないかも知れないねえ」と諭されます。
つまり、意地を張って、我を通す生き方が一人の女性の幸せに繋がるのだろうか?と。

(このあたりの言葉は当時の時代背景を踏まえて見る必要がありますね。)

後日、仕事を終えた向田さんは納得いくまで自分の人生について考えようと歩き出しました。会社は四谷、自宅は久我山、その長い道のりを歩いて帰宅することにしたのです。

ないものねだりの高のぞみばかりする自分の性格。だからいつも不平不満で、何かを探し続けてばかりで「これでいい」と満足できるものにめぐり合ったためしがない。

無人島に持って行く一冊の本も、
一枚のレコードも、生涯ただ一人の伴侶にも。
才能や容貌だって並なのに、
なぜほどほどのものでは我慢できないのか

夕食やお風呂の匂いが漂う夜の街。戻るなら今のうちだ。

『しかし、結局のところ私は、このままゆこう。そう決めたのです。ないものねだりの高のぞみが私のイヤな性格なら、とことん、そのイヤなところとつきあってみよう。

今、ここで妥協をして、手頃な手袋で我慢をしたところで、結局は気に入らなければはめないのです。気に入ったフリをしてみたところで、
それは自分自身への安っぽい迎合の芝居に過ぎません。』(一部引用)

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1980年に50歳で亡くなった向田さんが20代のころでしょうから、時は1950年代と想像できます。この時代は、今以上に女性の労働環境や、何事かの選択の自由は苛烈なまでに厳しかったはず。

でも彼女は、自分に合う「手袋」を見つける決心をして、歩みだした。

おそらくこの瞬間が、作家としての人生の出発地点だったのではないでしょうか。

これは誰にでもいえることで、いつの時代も、環境が許す限り、自分に合う「手袋」を各自が探していたと思うのです。そして実際、探す旅に出た方もいらっしゃると思うのです。

「手袋」は、どんなことでも良いのだと思います。就職先、大学、結婚相手などの判断すべてに言えることかと思います。

もちろん、形のない夢、生きる指標を見つける、、そういったものであるかもしれません。

向田さんの場合は後者だったでしょう。

いずれにしても、両者に共通するものは、自分に嘘をつかず正直な気持ちで、判断し、そして行動できたかどうかということ。

『ただ、これだけはいえます。
自分の気性から考えて、あのとき─二十二歳のあの晩、かりそめに妥協していたら、やはりその私は自分の生き方に不平不満を持ったのではないか。

今の私にも不満はあります。
でもたったひとつ私の財産といえるのは、
いまだに「手袋をさがしている」ということなのです。』(一部引用)


後年、その状況を振り返ってみたときに、あの時の判断が間違っていなかったかは誰でも気になります。

そんなときは過去の自分の状況を考えて折り合いをつけたりしていくもの。

向田さんは、この時点でまだ「手袋をさがしている」と書いています。おそらく存命中には決して出会うことのなかったものなのかもしれません。

でも若かりし日の決心は揺るがないのでしょう。なぜならば、「手袋を探す」旅に出るという行動に移せたのだから。そのことを「財産」と思っているのだから。

ドラマ「カルテット」の登場人物もそれぞれの「手袋を探す旅」に出ていたとも思えます。彼ら4名の出会いは作られたシナリオ通りでしたが、そのシナリオに乗れたことも「旅の幸運の一つ」でしょう。そしてそれぞれが、自分なりの着地点=「手袋」を見つけていきます。

自分を変えること、状況を変えていくこと、そのためには、自分で行動していくこと。

それがいつの日にか、「財産」と思えるようになる。

そんなことを考える日々です。

「おとなの掟」を聴きながら。


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