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まなび

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「ことば」と「まなび」についての大切なことを集めたり、思いをはせたりしています。
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ドイツの地方テレビ局の取材が来ました * 遊具製造会社と公園の紹介

ドイツの地方テレビ局の取材が来ました * 遊具製造会社と公園の紹介

こんにちは。
私はベルリンの郊外にある遊具製造会社でデザイナーとして働いています。現在は、在宅勤務中。

先週の木曜日、ベルリンとその周りのブランデンブルグ州の地方テレビ局が会社と工場に取材に来ました。その後は、ベルリンの公園で引き続き撮影。その公園は私の住んでいるところからそれほど遠くなかったので、公園での取材の対応をさせてもらうことになりました。

毎週土曜日の午後の番組の中でベルリンやブラン

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未来の公教育はどうなっているべきか

未来の公教育はどうなっているべきか

「学校とは何か、公教育とは何か」を追求していくと国家の存続(発展)のために必要な人材を育てるということが究極の目的ではないかと思います。国家という言葉に反応する方もいらっしゃるかもしれないので、日本という集団の維持でもいいと思います。なぜ集団の維持が重要なのかというと、歴史を紐解けばある程度の規模のグループでいることが生存戦略上重要だった例は幾つでも出てきます。つまり個体である私を生存させるために

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言葉を生きたものとして学ぶこと

言葉を生きたものとして学ぶこと

小学校の国語の読みの授業で「これは何の◯◯でしょう」といった文が出てきたときに、「『~でしょう』は問いかけの文なので、尋ねるように読みましょう」などと指導が行われているのをしばしば目にする(教師用指導書でもそう書かれている)。
私はこの指導は害が大きいと考えている。

「~でしょう」があるから尋ねるように読みましょう、というのは論理が転倒している。
人が発する言葉の中には、相手に何か答えてもらうこ

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国家が国民の「生活」のありようを示すことへの違和感

国家が国民の「生活」のありようを示すことへの違和感

国家が国民の「生活」のありようを指示することに、私は強烈な違和感がある。
その要因の一つは、おそらく、「生活」という用語にこれまで込められてきたものとの齟齬だ。

「生活学」の提唱や「生活史」への着目などの例を見ても分かるように、「生活」という用語には、これまで、規範的なものでなく実態・ありのままの姿への注目や、分析的ではなく全体的な見方といったスタンスが反映されてきた。

(専門ではないので心許

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こころ と ことば

こころ と ことば

ことばの使い方やアクセントなど私の話し言葉を子どもの頃から「違うよ。」とか「変!」とか言われることがあった。
その度に自分が伝えたいことは伝わらないのだと扉を閉じた。
でも時々ちょっと開けては様子を見てきた。
でも閉じることの方が多かった。

その扉を開けておいて安心できる人に出会った。
うれしくて、うれしくてその人のそばにいたいと願った。
でも、その人が遠くへ行ってしまって今度は扉を閉めて鍵をか

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プレイセラピスト

プレイセラピスト

すてきな 伴 奏走 者 ですね。そうか、伴に学び 奏で 走り そして 描く人になりたいんだ!

「勉強」と「学び」は違うの?(1)

「勉強」と「学び」は違うの?(1)

こんにちは!GIFT SCHOOLのカリキュラムデザインと教師教育デザインを担当しています、桐田敬介と申します。

専門は芸術教育の哲学で、上智大にて学習指導要領の作成に携わっている方々のもとで学び、日本各地の幼稚園や小学校を巡りながら、子どもたちの創造的な学びや民主的な感度の育ちを研究しています。

個人事業としても哲学教育のワークショップを実施したり、学校の先生向けに探究型のカリキュラム構築や

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