教育者側が一方的に、してほしかったことをして・されていやだったことをしないことが《教育》だから、受け手がそれをどう感じるかは、教育の質とは関係がないのかもしれん。 だって、今や教育者と被教育者の繋がりは社会契約的なものでしかなく、地縁・血縁・趣味嗜好の類似性にも乏しいのだから。