形から入ってみる

「お料理しなくちゃ」と身構える人はいませんか?

そんなに頑張らなくても、人間が昔からやってきたことだから、「こんなのできない(´;ω;`)ウッ…」ということは、ないと思います。

いのししや鹿を捕まえて捌く、とか猟師さんでもなければ、まず機会がないです。(もし、そういうサバイバルな生活をしている人は、必要な知識を持っていると思います。多分・・・)

余り自信がないけれど、やらなきゃいけないのなら

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ありがとうございます♥
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見かけの美しさではなく偽らざる美しさ

柳宗悦  「民藝」という新語を作り 民藝運動の指導者。柳宗理の父。「用と美が結ばれるもの、これが工藝である」と話しています。「用の美」とは 単なる機能美のことではありません。職人たちが 本当に使いやすいモノを求めて 無心に努力を重ねた結果 その形に美しさが宿ること、美しさだけを目的にしないことによって得られる美のことです。

職人たちがあらゆる使用場面を想像しながら一手一手丁寧に作り込んでいく。本

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ありがとうございます!
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嬉しい♫貴方に良い事あります様に!★
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ありがとうございます🎵
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器と生活と用の美

コロナウイルスの影響下に置かれるようになった4月以降。個人的には特に志村けんさんがお亡くなりになったあとから、俗にいうところのwithコロナ、であったり、afterコロナ、というものを人々が考え出した時期。

この頃を境に、さまざまな価値観に変化が起きているように思う。

不要不急

個人的には、洋服を着ることは、自分にとって息を吸うこと。と同義語であると理解している。

仕事柄。セレクトショップ

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スキありがとうございます!
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牛ノ戸焼~やさしく見守る宇宙の奥深さ~

民芸品にハマったのはこの数年間である。
鳥取にUターンし、なにかおもしろいものはないだろうかと
さがしていたところ、それはあった。

こんなに焼き物の盛んな町だったんだなぁと、
どうして今まで気がつかなかったのだろうと、
いろんな思いがめぐりめぐった。

好きなものは好き!という単純な気持ちで
陶芸品をめでることになる。

「飾るため」とか「所有しているだけ」というのは
なんか違う気がする。

使

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なまたまご~

用の美と手触り感

きれいに並んだ商品を、手に取った時の無機質さに悲しくなる時がある。
そしてそれを、けっきょく家に持ち帰っている時の寂しさもある。

なんだか、虚しいなって。
「神の手」に踊らされてる気がして、曇り空が醜く見える時がある。

まあでも、仏の掌にすがり続けるわけにはいかないので、自分で考えたりすることもある。

縄文土器に見出される「用の美」ってとても素敵。

生活の必要を満たすためのもの、なのにうっ

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ありがとうございます!これからも読んで頂けると嬉しいです!
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使われることの優しさ。「用」とは優しさのことだ。 ~ 一言切り抜きfrom日経#130

いまさらだが、2月の私の履歴書、楽焼の楽直入さんの文章より、一言切り抜いたものを今アップしたい。(楽さんの私の履歴書は、毎回苦悩あり、そして力があって好きだったなあ)

自己表現、自己満足ばかりと楽さんが当時感じてしまっていたアートに対して、逆に、日本の器によって目覚められた、とのこと。

この1行、ま、正確には2行か、すごく好きで。

「用の美」とは、工芸、デザインの世界ではずっと言われていると

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サンキュー!
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レガシー

わが国のロウ・カルチャー、つまり街場の文化のクォリティの高さは世界屈指。折り紙つきです。

マイセンの焼き物は、当時、ヨーロッパ市場で不足した「柿右衛門」のコピーから発達したもの。印象派の画家たちが神を描くことを卒業し、いよいよ「街場の美」を発見しようとしはじめた、その契機になったのが「日本の浮世絵」。北斎や広重、歌麿たちが「江戸の日常」に美を見いだした、その姿勢にインスパイヤーされたもの。ゴッホ

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ありがとう
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