死の瞬間

生命の尊さ

生命の尊さ

嬉しの森へようこそ!しぃ乃です♪ 私は「命は大事」という言葉が苦手です。 大切なのは命ではなく、精一杯生きる、自分を大切に生きる姿勢だと私は考えるのです。 命は確かに大切です。が、「俺なんかもう歳だし、早く死にたい。」「酒もタバコもできないならもう死んだ方がマシだ。」と、簡単に言う私の81歳の父の命を私は大事だと思うことができないのです。 子どもの頃、毎晩酔っ払って帰ってきて(車で)、妻に愚痴愚痴と説教されてもヘラヘラヘラヘラして「あぁ〜。もう愛してるよ。」とか、ベロ

なぜ死は怖いのか?

なぜ死は怖いのか?

意識。 私は子どもころから、死んだら今私の中にある意識はどこに行くんだろう?という謎に取り憑かれています。 死ぬこと。 私の瞬間はきっと苦しいんだろうな。という漠然とした思いがあります。 災害で死ぬ時。 想像するだけで恐怖です。 死ぬことは死ぬ瞬間まで経験できない。 わからないものは怖い。 でも、生まれてきたということは、全ての人に死ぬ瞬間が訪れる。 これは宿命である。 死ぬ瞬間はどんななのか知らないけれど、どんな瞬間だったとしても、私は「自分の人生でよか

死、というもの、について

死、というもの、について

2007年6月、私は母を亡くした。 2006年の7月にすい臓がんが分かり、8月から抗がん剤を開始した。手術ができる状態ではなかった。抗がん剤をしなければ余命半年と言われていたが、抗がん剤をしても10か月で命尽きた。 苦しい思いをして抗がん剤をしたことが正しかったのか、抗がん剤の副作用に苦しまずに、QOLを保ちながら余命半年を全うしたほうが良かったのかもしれない、といろいろと考えてしまう。 父は、母に抗がん剤治療をさせなければよかったとずっと言っていたし、自分が大腸がんに

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No30 死ぬ時は自分で決める

No30 死ぬ時は自分で決める

今日3月2日は父の命日 5年前の今日、大好きだった父がこの世からいなくなりました。 私に会った翌朝、私と二人きりの時に息を引き取りました。 本当に息を引き取るんです。クッ…て。 息を引き取る瞬間の父の見開いた目、表情は今でもありありと思い出されます。 その時、それまでずっと付きっきりで看病していた母と妹はたまたま病院にいませんでした。その時、を父は選んだのだと思います。 なぜなら、あの瞬間の姿を、母と妹はきっと耐えられないから。 でも、やっぱりひとりじゃさみしいなぁってこと

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死ぬ瞬間②死なせてあげて

死ぬ瞬間②死なせてあげて

その選択は正しかったのか? Bさんは45歳男性、専業主婦の妻、中学生の長男と三人暮らし 長女は大学生で県内で一人暮らし。病院まで30分程度。 Bさんは、歩行中に乗用車にはねられ救急搬送。 頭を打っていて、病院到着時より意識なし。CTで脳出血が認められた。 Bさんは今まで、特に持病もなく、元気に生活されており、死についての話が家族でされたことはなかった。 Bさんの瞳孔は散大している。脳出血の範囲広く。脳組織へダメージが深刻。出血によって脳を圧迫し脳自体にダメージを与え

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最後の瞬間に自由になるか、いまこの瞬間に自由になるか。。。

最後の瞬間に自由になるか、いまこの瞬間に自由になるか。。。

ジョン・ウェスレーという伝道者が18世紀のイギリスにいた。 彼は「時間」を管理するため、若い頃から日記をつけてた。さらに、自分がどのように生きたかを、すべての人に明らかにするために、なんと日記を本として出版した。それも、自分の生存中に、だ。 もしウェスレーが、いま生きてたら、SNSの愛用者になってただろうなあ、と想像する。 その日記には、彼があちこちの村や町で、臨終の場面に立ち会った様子が記されている。 保健医療制度が整っていなかった時代。ほぼすべての人が自宅で臨終を

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人生は学校

人生は学校

「私たちの人生は学校にほかなりません。私たちはそこでテストされ、洗濯機のようなもののなかに放り込まれるのです。その洗濯機からつぶれて出てくるかは、誰か他の人のではなく、あなた自身の選択によるのです。」(キューブラー・ロス著「死ぬ瞬間」)

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霊魂は存在するのか?

霊魂は存在するのか?

臨床的な死の瞬間において、ハーグのザールベルグ博士は、仮死状態の患者の体重測定を行った結果、69.5グラムの体重が急に減少したと発表しています。また、イギリスのダンカン・マクドゥール博士も同様の研究を行い、2.4オンス(約68.5グラム)の体重減少が見られたといいます。 国が異なる二人の博士が科学的に霊魂を考察する方法として、人間の体重という側面からアプローチを行い、臨床的な死後の瞬間に肉体から急に体重が減少する現象が共通して見られたということは、その体重はまさに「霊魂」の

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再び、立ち上がるために。

再び、立ち上がるために。

久しぶりに図書館へ行った。前に読んだ本をめくってみたら、鉛筆でところどころに薄く線や丸印が書いてあった。その所を見てみたくなったので借りてきました。市内の医療系の学生が付けたように感じられます。 この本は、私にとっては今も『すご本』の一冊です。たぶん、三回くらい読んだかもしれません。 死を題材にしている本ですが、治る見込みの無い人に対しても、又その人を看護する人に対しても、強烈に残りの生に対して問いかけているのです。 一週間後には確実に死ぬ女性が、学生達と対話する場面があ

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人はいつ死ぬのでしょうか?(占部まり)

人はいつ死ぬのでしょうか?(占部まり)

日本の法律には、「死亡」の明確な定義はありません。 医療の現場では、「死の三兆候」である自発呼吸の停止、心拍の停止、瞳孔の散大をもって死の宣告をしています。そして医師が死亡診断書に記入された死亡時刻が死の瞬間とされています。 しかし、生と死の境目は、実はかなり曖昧なのではないでしょうか。 古くは息が止まることが死を意味していましたが、医療の発展とともに、呼吸や心臓が止まっても治療できる病気が多くなっています。心臓手術で人工心肺を使用している時、患者さんの心臓は止まってい

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