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生命の尊さ

嬉しの森

嬉しの森へようこそ!しぃ乃です♪

私は「命は大事」という言葉が苦手です。

大切なのは命ではなく、精一杯生きる、自分を大切に生きる姿勢だと私は考えるのです。

命は確かに大切です。が、「俺なんかもう歳だし、早く死にたい。」「酒もタバコもできないならもう死んだ方がマシだ。」と、簡単に言う私の81歳の父の命を私は大事だと思うことができないのです。

子どもの頃、毎晩酔っ払って帰ってきて(車で)、妻に愚痴愚痴と説教されてもヘラヘラヘラヘラして「あぁ〜。もう愛してるよ。」とか、ベロベロの状態で適当にかわす父。

小学生がお小遣いを貯めて買った、タバコの形をしたライターをもらった翌日にキャディーにあげるような父。

荒んだ家庭に反行する姉をボコボコに殴る父。

酔っ払って、駅の階段から落ちて骨折して入院しているのに、病院に隠して酒を飲んだり、大部屋でタバコを吸い、病院を追い出されような父。

本当にロクな思い出しかない父。

今は痴呆症になり、我が家で引き取ったけれど、言うことを聞かず酒とタバコを買いに行っては迷子になり、毎日ベロベロに酔っ払って窓ガラスは割るわ、大怪我するわで、施設に入所しているのですが。

毎月病院に連れていくと、上記の「死にたい。」「生きてる意味がない。」とぶつぶつぶつぶつ。

先日は、施設の廊下でタバコに火をつけようとしているところを見つかり、「娘がタバコを持ってきてくれたから。」と嘘をつき、そのタバコは近所のお店の休憩所に置いてあった忘れ物をパクってきたものだったり。

そんな父の命を大事だとはどうしても思えないしぃ乃なのです。

この世は不公平。

でも、それも受け入れるしかない。

いつどこでどんな風にこの世から旅立つかわからない。

素晴らしい人生を送っているからといって、この世に役立つことをしているからといって、自分の寿命は決めることはできない。

それを受け入れるしかない。

だから生命は尊いのだと、私は思います。

後悔が少ないように、今日が終わりの日かもしれないと、懸命に生きる。

それしかない。

ここ地球での暮らしは。

嬉しの森住人 嬉森しぃ乃

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