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短編小説「麻子とアキ 第二話 詐欺師」(2)

(前 「麻子とアキ 第二話 詐欺師」1へ)

「何でおれまで」
「探偵みたいで楽しいじゃん」
 麻子の付き添いで池袋西口のバス停にたたずみ、ぼくはふてくされている。時刻は午前の十時。天気は快晴。バス待ち客用のベンチに腰掛けて、体を捻ってポンちゃんを見ている麻子はなぜかサングラスだ。下品な太縁と薄いオレンジのレンズ。麻子の視線は昔丸井があったビルの方向に向かっていて、その途中、正面に見えるマックの前には客待ち顔のポンちゃんが立っている。今まで見た事もないかっちりしたスーツ姿でアンケート用のボードと薄っぺらな鞄を持ってニコニコしてる。
「ポンちゃんさすが」
 ベンチの背凭れに腕を乗っけてその上に顔を乗せてニヤニヤしながら麻子が言う。
「商売人って感じだよね。プロだよね」
「確かに怪しくはないな」
「ね。あーやってカモが捕まるんだよ。アキさんも気をつけなきゃ」
 ぼくと麻子がこんなところで何をしているのかというと、端的に言って、エーちゃんを待っているのだ。ポンちゃんの業務記録によれば、エーちゃんは毎週土曜日の午前十時に百パーセントの確率でここに現れる。そしてポンちゃんを見つけると満面の笑みで手を振りながら横断歩道を走り渡るのだ。それを待ってる。
「そんなに嫌ならキャッチの場所変えればいいじゃないか」
 休日をわけのわからないイベントで潰されたせいでぼくは機嫌が悪い。
「展示場がここにしかないんだって」
「じゃあそんなヤツ無視すりゃいいじゃないか」
「よってくるカモを逃がすのはポンちゃんのプライドが許さないんだって」
「どういうプライドだよ」
「だから何とかしてエーちゃんの方から離れていくように持っていきたいそうです」
 不機嫌な顔のままためいきをついたら、ぼくの脇を大柄な男が駆け抜けた。男は赤信号に引っ掛かって横断歩道の前でもどかしげにどしどし足踏みしている。信号待ちの通行人が怪しがってその男を見ている。信号が青くなって通行人たちが道路に踏み出すと、人並みを掻き分けるように男は突進した。体を突き出して大きく手を振る。まるで長距離走のトップランナーみたいに誇らしげで大胆な動作。
「杏子ちゃあん!」
 男の声を追っかけるみたいに視線を流せば、そこにあるのはセメントで固定された工芸品みたいなポンちゃんの笑顔だ。

   ❃

「でさ、でさ、その子が言うんだよ。エーちゃん先生もそろそろ彼女つくりなよってさ。まいっちゃうよね。中学生にそんなこと言われるなんてさ。照れちゃうよね」
 スレンダーで背が高いポンちゃんと、小太りで背が低いエーちゃんが並んで歩いている。肩の高さが一緒で、遠くから見ると数字の10みたいだ。ぼくと麻子はエーちゃんに怪しまれないように、暇すぎて何していいのかわかんなくなってるカップルを装って歩いている。少なくともぼくはそうだ。麻子はどうやら違うみたいだけど。
「『エーちゃん先生』って、響きだけ聞くと政治家か弁護士みたいだよねー」
「そうか?」
「ねえアキさん、もう少し近づこうよ。何話してるのかよく聞こえない」
「バレるんじゃないか」
「大丈夫だよ。エーちゃんポンちゃんに夢中だから」
 ほんとだ。見てみたらエーちゃんはポンちゃんに向きっきりで微塵も周囲を気にしていない。ポンちゃんは時折相槌を挟む程度なのに、エーちゃんは似たような話を永久機関みたいにしゃべり続けてる。特にどこに行こうって話も出てこないし、これから向かう先はきっとお決まりのコースなんだろう。事前にポンちゃんの記録「項目:エーちゃん」を見たから知っている。昼食(アジアンもしくはイタリアン)→ショッピング→カフェ→展示場のコースだ。
「もっと大人しいヤツだと思ってたんだけどな。始終オドオドしてるような」
「だね」
「コミュ障で無言で歩いてるのかと思ってた」
「さっきからずっとしゃべりっぱなしだもんね」
「でもあれだな。会話を楽しんでるってより、怖がってる感じするな」
「ね。ポンちゃんがまともに返事したらいきなり無口になりそう」
 エーちゃんとポンちゃんがアジア料理の店に入った。入り口にはランチタイムの看板。『バイキングお一人様¥2,000』
 麻子がぼくに笑顔を向ける。「アキさん、ごちそうさま」
 先に言われた。
 食事をして、それからショッピングに勤しみ、コーヒーを飲んでから展示場に向かう二人を確認して、ぼくと麻子は追跡を終えた。結局一日を消費して探偵の真似事をしたけれど、わかったのは瑣末で決定的な事実。要するにエーちゃんはポンちゃんにベタ惚れで、ポンちゃんに対して一切のネガティブな感情を抱いていない。ここまでがぼくと麻子の分析で、以下は不機嫌顔のポンちゃんからの報告。
 あの後は、展示場で『今日だけしか売ってない』ペアリングを十五万×二で購入して、展示場を出たら満面の笑みで次回を約束してお別れしたそうだ。指一本触れることもなく、キラキラした目でポンちゃんを見つめて、ぶんぶん手を振って「またね」って。
 だからポンちゃんは言う。
「やっぱおかしいよ、あいつ」
 エーちゃんが姿を消してから、ぼくと麻子はポンちゃんと合流して手近な居酒屋に入った。最初の一杯を飲み干して、ポンちゃんは苦虫の正露丸あえを食べてるみたいな顔になって言う。
「絶対おかしい。そろそろ貯金だって尽きるはずなのに、何でなの」
 麻子は顔の下半分は笑顔。だけど複雑な表情だ。
「ホントにポンちゃんのことが好きみたいだねー。エーちゃん先生」
 ポンちゃんが麻子を睨みつける。
「まあね。けどさ麻子、あんたが私だったらどう思う? 女口説くのに騙されるの前提で金使い続けるって、愚の骨頂じゃない?」
 流石の麻子も苦笑いだ。
「それは、そうかも」
「でしょ? だから腹立つのよ。ああいう嫌われないためだけに動くやつ、最低」
 照明が暗いせいかポンちゃんの顔に影が射して迫力が増している。
「私だったら、自分を騙そうとしてる女なんか、まず引っ叩いて反省させてから改めて口説くわ」
 自分のことを棚に上げて。ぼくも苦笑する。それと同時にちょっとだけポンちゃんの言動にイラッとしたのも正直なところだ。
「でもさあ、今日一日エーちゃん見てて思ったんだけど、ポンちゃんが言うほどエーちゃん悪くないんじゃない?」
 麻子がグラスを口に運びながら言った。
「商売抜きで考えてみたらいいのに。それなら収まりつくでしょ?」
 ポンちゃんは手の甲で口元を拭って酔った振りをして言う。
「私が? エーちゃん先生と?」
 斜め下からねめつけるように麻子を見た。
「冗談キツイわ。三秒で窒息する」
 そう言ってポンちゃんは大袈裟な仕草で店員を呼び、日本酒を追加した。



(続く 「麻子とアキ 第二話 詐欺師」3へ)

※涌井の創作小説です。4回の連載です。



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