見出し画像

短編小説「麻子とアキ 第二話 詐欺師」(3)

(はじめから「麻子とアキ 第二話 1」へ)

(前「麻子とアキ 第二話 詐欺師2」へ)

 その日からひと月。ポンちゃんは相変わらず超自己中心的な思考パターンで生きている。麻子経由で状況を聞いたり、ポンちゃん本人と話をしたりする限り、二人の奇妙なお付き合いは継続しているらしかった。ポンちゃんは相変わらず商売熱心でエーちゃんと会うたびに何らかの商品購入を迫る。エーちゃんは快くそれに応じる。二人は食事をして前回と同じ会話をくり返して、次回また同じ轍を踏むために別れる。
 それなのに麻子はぼくに言うのだ。
「あの二人、案外合ってるような気がするんだよね」
 ぼくは眉を寄せて答える。
「でも、エーちゃんの財布が空になったら終わるんだろ?」
「そうでもないんじゃないかと」
「どうして?」
「何かポンちゃんね、最近エーちゃんに物買わせるのが辛いんだって」
「もうかるのに?」
「『人は幸福ばかり続くと、不幸を待つようになるの』だって」
「そういうもんかね」
「だからそろそろ叱って欲しいらしいです」
「そういうもんかね」
 ポンちゃんとは先週会った。やっぱり相変わらずで、一緒に飲んでて店員に追加注文するときも、自分のドリンクだけ頼んで他は一切無視して澄まし顔だ。その時、酔いが回ってきた頃になって、麻子はポンちゃんを片肘で突付いてエーちゃんとの仲をからかった。
「ねえエーちゃんと続いてるんでしょ? どうよ」
「ああ、あのキモパーソン? 相変わらずよ」
「相変わらずどうよ」
「相変わらず同じ会話して同じコース辿って似たデザインの指輪買って喜んでるわ」
「エーちゃん金持ちなんだね」
「そうでもないのよ。無理して買ってるの。一度あんまり可哀想だから夕飯くらい作ってあげようと思ってお宅訪問のアポ取ろうとしたら、すごい勢いで拒否されたわ」
「部屋汚いんだ」
「几帳面だからそれは無い。物がないのよ」
「ポンちゃんに貢ぐから?」
「それだけじゃないと思うけど、まあ八割方そうだと思う」
「ポンちゃん鬼だね」
「そうよ。だから早く退治してくれなきゃ」
 酔っ払ったポンちゃんは口が軽くなって結構何でもしゃべるようになる。だから時々、エーちゃんを語っているのに嫌じゃない顔を見せたりする。そしてふとそれに気づいて舌打ちして麻子とぼくをギッと睨む。麻子はなんだか嬉しそうだ。ぼくもエーちゃんは嫌いじゃないし、上手く行くならその方がいい。
 ポンちゃんの頬がリンゴみたいに光っている。
「あのキモ男、こないだ私に何て言ったと思う? 『君が何か悪いことをしてるのは何となくわかる。わかるけど、それは君の本意じゃなくて、悪いのは会社なんだ。だから、会社を辞めてくれないか』だって!」
 ニヤリと唇を歪めながら、ポンちゃんは右手でお猪口のふちを持ってブラブラさせた。そして細めた目でぼくらを見る。ちょっと考えてからぼくが口を開こうとすると、ポンちゃんは自分から言葉をつないだ。
「ありえないっつーの。悪いのは私で、あんたを騙してるのも私なの。会社に文句言われてもね」
「エーちゃん甘い。甘いなぁ」
 麻子がポンちゃんと同じ表情でニヤニヤしてる。
「そ。直接私を叱れないもんだから会社辞めさせて幕を引かせようとしてるわけ。ダメ男でしょ? だから言ってやったの。『私は自分でこの仕事を選んだし、辞めるつもりもない』って。はっきり」
「うわあ」
「そしたらね、面白いの。あいつ顔真っ赤にしてね、ネットで見た自己啓発セミナーとか新興宗教の洗脳商法とかの話はじめるの。『君はきっと騙されてるんだ。会社に洗脳されてるんだよ』って」
「ポンちゃんが洗脳ぉ?」
 麻子が笑い出す。
「冗談。洗脳してこき使うなら、五十パーセントのマージンなんてありえないっての」
「うわ。ポンちゃんそんな貰ってるんだ。じゃあエーちゃん先生からひと月で五十万?」
「そういうこと。だから時々エーちゃんが神様に見える」
「ほんと神様だよ。ポンちゃん、拝まなきゃだよ」
 二人が盛り上がっているのを見て正直ぼくは複雑な気持ちだ。だって普通の勤め人にひと月で百万円なんて不可能だ。エーちゃんは公立の中学校の教師だと言っていた。今月は貯金を切り崩して何とかなったかも知れない。けど、来月、再来月はそうは行かない。いつか必ず、どこかから金を捻出しなければならなくなる日がやって来る。その日はエーちゃんにとって、ポンちゃんを金で引き留めることをあきらめるか、長い人生のほんの一瞬をメッキで輝かすため、残りの人生を棒に振るかの決断を迫られる日だ。そんな日がきっとやってくるのに。この二人だって、それはわかっているはずなのに。
「ポンちゃんは、今の仕事ずっと続けるつもりなのか」
 そんなことを考えていたら、口をついて出ていた。騒いでいた麻子とポンちゃんが急に黙って、びっくりした顔をぼくに向ける。
「何? 央太さんまで説教? 勘弁してよ。説教はエーちゃん先生だけで充分」
「そんなんじゃないけど、何かエーちゃんが可哀想かなと思った」
 途端にポンちゃんが不機嫌になった。麻子がぼくとポンちゃんを交互に見ながらオロオロしている。
「そんなこと一々気にしてられる? 患者の死に敏感な看護師は長続きしないのよ」
「だけど、身銭を切ってまで愛情表現してるんだろ。それに応えてやれとは言わないけど、中途半端な期待をちらつかせるのは、やっぱりちょっと残酷だよ」
「央太さんもみんなと同じね」
 ポンちゃんがイカゲソを噛み千切りながら言った。
「金で引き留められる愛情は、金で引き千切れるのよ。それをコントロールするだけ」
「おれはそんな割り切った考え方はできないから」
「私はできるもん」
「でも、エーちゃんはできないだろ」
「だから何? 私にエーちゃんと本気で付き合えって言うの? 私はエーちゃんをお客として見てるけど、向こうだって結局は同じじゃない。何よ『君は悪くない』って。私がエーちゃんを騙してるんだから私のこと叱れって言うのよ。殴れもしないくせに。会社なんかに怒りぶつけないで、目の前にいる私のこと『バカ野郎』って言えばいいのよ。それで何が『好き』よ。ふざけやがって」
 ポンちゃんが本気で怒っている。その迫力にぼくは少しだけ気圧されて黙ってしまう。どう言い返すか考えて、口を開こうとした瞬間、麻子が妙にしんみりと言った。
「でもさ、ポンちゃんに貢ぐ形だけど、エーちゃんが自分の人生削ってるのはちょっとすごいよね」
 口論になりかけていたぼくとポンちゃんは水をかけられたみたいに萎んでしまう。
「エーちゃんも、ポンちゃんが本気じゃないって気づいてるんでしょ? なのに身銭を切って尽くすって、けっこうすごいと思うよ。良いか悪いかは別として」
 麻子に勢いを殺されて、ポンちゃんがちょっと神妙な顔になっている。
「まあね。そこは私もちょっとビックリしてる」
「ね。やっぱ、そんな悪い人じゃないんだよ。おかしいのはおかしいけどさ」
 ポンちゃんはモヤを掻き消すように首を振ると、
「でも、ダメ男はダメ男よ」
 ふてくされてそう呟いた。



(続く 「麻子とアキ 第二話 詐欺師」4へ)


※涌井の創作小説です。4回の連載です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?