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短編小説「麻子とアキ 第二話 詐欺師」(1)

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< Eisuke Nakamura
8/10
今日はありがとうございました!
 玉石(たまいし)杏子(きょうこ)様
 今日はほんとうに、信じられないくらい楽しい一日でした。今でも信じられません! こんな冴えないぼくに、あなたみたいな素敵な人が声をかけてくれるなんて……。ほんとう、奇跡だと思いました。それに、あなたがデザインしたという宝石、どれもセンスが良くて、きれいだし、すごく尊敬しました。若いのに立派にデザイナーとして独り立ちして、あんな立派な展示場で一区画を任されているなんて……。ぼくなんか勤務先の中学校じゃまだまだ下っ端で、生徒たちには「エーちゃん」なんて呼ばれるし、他の先生たちの資料までコピーしたりしてるんですから、まさに月とスッポンです。あなたがデザイナーになって最初にデザインしたという記念のネックレス、今ぼくの机の上に飾りつけてあります。あげる相手もいないもので……。
 ほんとうに、今日はぼくにとって記念すべき日になりました。あなたみたいな素敵な人に声をかけてもらって、その上一緒に宝石まで見に行けるなんて……。
 今日は本当にありがとうございました。また、お会いできますか? あなたのことを思いながら、今日は眠ります。おやすみなさい。
 21:59
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< Kyoko Tamaishi
8/10
 エーちゃん、こっちこそありがとう!!!
 今日は本当に楽しかったね! 私もひさびさに気が合う男の人に出会えたって感じで、すごく、すっごく嬉しかった! また会えるといいね! 私は西口の辺りよくウロウロしてるから、もしかしたらまた会えるかな……! 会ったら声かけてね! 無視なんかしたらゆるさないよ!
 それじゃまたね! ♪杏
 22:05
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< Eisuke Nakamura
8/11
 杏子ちゃん! レスありがとう! もしかしたらもう返事もらえないんじゃないかって心配で、すごくハラハラしてたんだ(汗)。そうか、西口の辺りによく行くんだね。ぼくも学校が休みの日にはよく行くんだよ! 本当に会えちゃうかもね! こっちこそ、見かけたら声かけてね。もしよかったら、食事でも一緒に……。って馴れ馴れしいよね。ごめんね。でも、杏子ちゃんみたいな素敵な人ともっと話ができたらなぁ、って、ずっとそんなこと考えてるんだ。ほんと、見かけたら声かけてね。ご馳走するよ!
 01:33
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< Kyoko Tamaishi
8/14
 エーちゃん、また会えたね! ほんと、奇跡だよね……。また会えるなんて! 私、信じられなかった……。夢じゃないんだ…… エーちゃんに買ってもらったリング、今私の薬指にあるよ。どっちの手かは……、秘密! 私もエーちゃんのことばっかり考えてる。また会いたいな……。私、西口にいるから、忘れちゃヤダよ。エーちゃんみたいなステキな人は私みたいな女の子眼中にないかも知れないけど、私はね、ちょっとホンキだよ……。
 それじゃね! エーちゃんにもらったリングみて、ニヤニヤしながら眠ります。オヤスミ! ♪杏
 23:01
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< Eisuke Nakamura
8/14
 オヤスミ杏子ちゃん。ぼく、ずっと杏子ちゃんのことばっかり考えてるよ。まるで夢みたいだ。ぼくも本気で杏子ちゃんのこと想ってる。また会いに行くからね。ゼッタイ。ぼくは杏子ちゃんのためなら何だってできる。もう何年も想いつづけてきたみたいに、ものすごく愛してるよ。だから安心して、おやすみ。
 23:10
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< Kyoko Tamaishi
8/29
 エーちゃん。私悪い子だよね。ごめんね。ワガママばっかり言って。でも、エーちゃんが私の失敗作買ってくれたの、ほんと嬉しかった……! 失敗作だから売らないでって店長にお願いしたんだけど、材料費がかかってるからダメって言われて、どうしようかと思ってたの。あんな失敗作お客さんに売るわけにはいかないし、けど、私が自分で買い取れるほど安いものじゃないし……。
 エーちゃんは優しいね。私、ほんとうに感謝してるよ。
 それじゃね!
 09:15
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< Eisuke Nakamura
8/29
 そんなことないよ杏子ちゃん! 君は立派だよ。悪いのは店長だ。自分の作品に誇りを持ってる人なら当然のことだよ。だから気にしなくていいからね。ぼく、杏子ちゃんのためなら何だってできる。こないだ送ってもらった杏子ちゃんの写真、ぼく、スマホの待ち受けにして毎日見てるよ。ああ、ぼくは幸せだ。こんな可愛い彼女がいるなんて、って思ってさ。だから杏子ちゃん、気にしないでね。ぼくは絶対に君を裏切らないから。
 09:20
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< Eisuke Nakamura
8/31
 杏子ちゃん、大丈夫? 既読がつかないみたいだけど、何かあったの? どうかしたの?
 22:20
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< Kyoko Tamaishi
9/2
 エーちゃん。なかなか連絡ができなくてゴメンね! また連絡するね!
 ♪杏
 13:15
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< Eisuke Nakamura
9/2
 杏子ちゃんよかった! 無事だったんだね! ぼく心配で心配で毎日眠れなかったんだ! 今週も絶対会いに行くからね! 心配はいらないよ。何があっても絶対行くから!
 13:17


「わー」
 麻子がおもしろそうにポンちゃんのショッキングピンクのスマホを見ている。
「わー」
 言葉だけならぼくも同じ反応だ。気持ち悪くなってアプリを閉じると、ぼくと麻子がメッセージを読んでいる間、ずっと腕組みして黙っていたポンちゃんがぼそりと呟いた。
「どう思う?」
 これ以上ないくらい口調が冷めてる。ぼくが答えに詰まっていると、ポンちゃんはあっさりとぼくを見捨てて麻子に目を向けた。麻子はなぜか頭を掻いている。
「コメント必要?」
「不要。伝わってればいいの」
 ポンちゃんが怒り声で言う。「おかしいでしょ? こんだけ何度も宝石買わせてるのにどうして気づかないわけ? 普通気づくでしょ? デート商法だって」
 詐欺だってのに堂々と言う。「だいたいそんな展開あるわけないじゃない。会ったその日に五万のネックレス買わせて、次に会った時十五万の指輪、三回目で二十四万のブレスレットよ? 頭おかしいとしか思えないわ。何で懲りないわけ?」
 麻子が苦笑いしている。フォローのつもりでぼくは一言加えた。
「本人もわかってて騙されてるんじゃないのか?」
「何のために?」
「ポンちゃんのこと、恋人だと思いたいんだろ」
「それが嫌だっつってんのよ」
 吐き捨てるように言う。「何で私がリアル恋人まで演じなきゃならないわけ? これ、仕事よ」
 麻子が話の展開お構いなしで言う。
「ポンちゃん、この玉石杏子って何?」
 彼女はますます怒った声で答える。
「玉石混淆」
「ぎょくせきこんこう?」
「そうよ。私の一抹の良心がこうして詐欺を匂わせてるのに、まったく気づきもしないんだ。あのキモ男」
「それだけ惚れ込んでるんじゃないのか」
 そう言ったらポンちゃんの平手が飛んできた。すんでのところでその手をかわす。
「冗談じゃないわよ。仕事だって言ったでしょ?」
 空振りした手を持て余して、ポンちゃんはテーブルの上のマグカップに手を伸ばして中身をぐいと呷った。
「でさ、ポンちゃん、あたしたちにこれ見せてどうして欲しいわけ?」
 麻子が言う。
「何とかして欲しいのよ」
 ポンちゃんが答えた。



(続く 「麻子とアキ 第二話 詐欺師」2へ)

※涌井の創作小説です。4回の連載です。



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