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医療は『病気を治す』だけではない。京大「がんヘルスケア」研究 山口建先生インタビュー 前編

DUMSCOが開発している、がん患者向けの治療生活サポートアプリ 「ハカルテ」。
京都大学大学院医学研究科と医学研究用アプリ「ハカルテリサーチ」を共同開発し、2024年には一般向け「ハカルテ」アプリのリリースを予定しています。
「ハカルテ」サービス概要はこちら

近年の婦人科がんの化学療法は、長期の入院はせずに定期的(3週間に一度ほど)に通院し、外来で治療を行う形式が一般的。
しかし、治療期間のほとんどを自宅で生活しながら過ごす患者さんにとっては、体調の変化や治療の副作用について、すぐに医療者に相談できないという不安と隣り合わせでもあります。

現在開発中の一般向け「ハカルテ」は、患者さんが自分のスマホで日々の体調やライフログ*を記録するアプリです。
診察前に体調記録やメモを確認することで、前回の通院以降の体調変化や質問事項を伝えやすくし、主体的な治療をサポートします。

※ライフログ(lifelog):人間の活動(life)の記録(log)のことで、日本語訳すると生活記録と訳される。ハカルテで記録できるライフログは、心拍変動・歩数・睡眠・気分など。

今回は「ハカルテリサーチ」の共同開発に携わっていただいている、京都大学大学院医学研究科 婦人科学産科学 講師の山口建先生にインタビューし、がんの治療におけるQOLの維持向上の重要性や、ハカルテとともに解決していきたい課題についてお話を伺いました。

プロフィール

山口 建(やまぐち けん)先生
京都大学大学院医学研究科婦人科学産科学 講師

経歴
1993年 洛南高等学校 卒業
1999年 大阪市立大学医学部医学科 卒業
1999年 京都大学医学部附属病院 産科婦人科 研修医
2000年 大津赤十字病院 産婦人科 医師
2003年 市立長浜病院 産婦人科 医師
2004年 京都大学医学部附属病院 産科婦人科 医員
2005年 京都大学大学院医学研究科博士課程器官外科学分野婦人科学産科学 入学
2009年 京都大学大学院医学研究科博士課程器官外科学分野婦人科学産科学 修了
2009年 Duke University Medical Center 研究留学生
2011年 京都大学医学部附属病院 産科婦人科 特定病院助教
2011年 日本バプテスト病院 産婦人科 部長
2013年 京都大学医学部附属病院 産科婦人科 助教
2016年 京都大学医学部附属病院 産科婦人科 院内講師
2017年 国立病院機構京都医療センター 産科婦人科 病棟医長
     同上 臨床研究センター 研究員
2019年 京都大学大学院医学研究科婦人科学産科学 講師

2009年3月 学位取得(京都大学医学博士)

「未来ある若い女性のために」婦人科腫瘍研究の道へ

ーー山口先生が産婦人科医師を志したきっかけを教えてください。

山口:もともと人と触れ合う仕事をしたいと思っていました。医師や弁護士、外交官などに憧れていたのですが、9歳上の姉が医学部へ進学したことを地元宮崎の周りの人たちが「すごいね」と言っているのを聞いて、子供ながらに「自分も医者になろう」と思うようになりました。

その中で産婦人科を選んだのは、手術も内科的なアプローチも両方できること、外来をやりつつ救急の要素も併せ持っていること、婦人科という局所のスペシャリストでありつつも全身の症状を診ることなど、「なんでもできそう」だと思ったのが理由です。実際に産婦人科は「一人前になるのが早い」といわれている科でもあります。

また、母が産婦人科で事務として働いていたことから、身近に感じていた部分もあったように思います。
お産もあるし、当直も多いし大変な科ではありますが、いまもやりがいを感じています。

ーーいくつかの病院で産婦人科医として勤務された後に、京都大学大学院医学研究科にて婦人科腫瘍の研究に進まれていますが、どうして研究の道を歩まれるようになったのでしょうか?
 
山口:実は、学生の頃や医者になりたての頃は、研究をやりたいと思ったことはありませんでした。人と触れ合う仕事をしたかったので、患者さんに直接寄り添う方がいいなと思っていたのです。

しかし、臨床だけでは目の前の患者さんしか救うことができません。
一方で医学研究は、成果によって多くの患者さんの状況を一挙に変えることが可能なのです。
そんな思いから研究の道に進み、実際にやってみたらその魅力に取りつかれて今に至るという感じです。

ーーより広く、多くの患者さんを救うための手段としての研究なのですね。婦人科腫瘍の研究をご専門とされたきっかけはどんなものだったのでしょうか?

山口:もともと京都大学は婦人科腫瘍の研究に熱心で、昔から歴代の教授ががんの研究を進めてきたという背景がありました。

そんな環境のなかで、せっかくなら将来ある若い女性のためになる研究をしたいと考え、まずは「子宮内膜症からできる卵巣がん」について研究し始めました。子宮内膜症は若い女性に多く、重い生理痛を引き起こすほか、不妊の原因にもなる病気です。

卵巣に子宮内膜症ができると、月経のように卵巣に出血し、腫瘍ができます。腫瘍の中にある血液には鉄分があるので、鉄由来の酸化ストレスによって腫瘍ががん化し、卵巣がんになることがあるのです。
 
京都大学大学院医学研究科ではずっとその分野を研究しており、留学も経験しました。10年ほど研究したのち、2019年に学会でその研究の集大成を発表する場を得て、研究を一区切りとしました。

その後、さらに患者さんに向かい合う仕事をしたいと考えて、がん患者さんのQOLについて研究をする、現在の「がんヘルスケア」研究を立ち上げました。

父の死が転機に「医療は『病気を治す』だけではない」

ーー卵巣腫瘍のメカニズムを解明する研究から、がん患者のQOL研究という大きな転換があったのですね。

山口:研究内容は他にもいくつか選択肢はあったのですが、QOLの研究を選んだのは、父をがんで亡くした経験が大きく影響していると思います。

私が大学院に入った直後に、もう治る見込みがないような状態で父のがんが見つかりました。
私は父が少しでも良くなるように様々な可能性を模索して、当時はまだ一般的ではなかった免疫療法を勧めたり、家の近くの病院ではなく私もいる京大病院へ転院して、大掛かりな治療を受けるよう提案したりしました。

しかし、父はそれらの提案を全て拒否。「自分は治らないのは分かっている。自分の居心地がいい死に場所を探しているんだ。それは京大じゃない。邪魔をしないでほしい」ときっぱり言われたのです。

その一言で、私の医療に関する考え方が大きく変わりました。
それまでは「病気を治せればいい」と思っていたのですが、そうではないと。もちろん病気は治さなければいけないのですが、「治らないときにどういう医療を提供するか」という観点から治療を考えるようになったのです。

そんな経験もあって、患者さんのQOLやヘルスケアについて関心を持つようになり、父の死後10年少し経ってから現在の研究をする機会を得て、今に至ります。

がんを治せなかったとしても「満足できる治療」のために

ーーQOL維持向上は、治せる患者さんもそうでない方にも、全てに共通する治療ですね。がんの治療においてQOLはどのように重要なのでしょうか?

山口:学問的には、QOLが維持向上されることで治療からドロップアウトする人を減らせるという点と、副作用や合併症などの早期発見によって治療成績が上がるという点があります。
これらは患者さんにとって直接的なメリットになるといえます。

山口建先生作成

また患者さんが自分で体調記録や体調管理をすることによって、健康意識が高まるのでQOLが向上するという効果もあるといわれています。

実際の診療においては、先ほど述べたように治せる人はしっかり治療し、 もうどんなに手を尽くしても治らないという時に、どのような医療を提供するのかが非常に大事だと思っています。
医療の究極の目的は、「患者さんが満足すること」です。もしも病気を治すことができなかったとしても、治療の過程に満足できなかったら人生の最期にやりきれないだろうと、父の死を経験して思うようになりました。
 
治療の成績だけではなく、いかに患者さんが納得して治療を受けられるか、 いかに患者さんが自分のありたい人生を送れるような治療を選べるのか、それが大事だと思っています。
そういった観点から患者さんのQOL維持向上は非常に重要
だと考えています。

ーーQOLを維持向上するために、患者はどういった意識を持つべきなのでしょうか?

山口:まずは自分自身に興味を持ってもらうこと、そしてやはり医療者との信頼関係を構築することだと思います。
信頼関係が築けていると治療も非常にうまくいきます。そのためには、あまり我慢しすぎず
医療者に不安や要望を伝えていくことが大切です。
 
一方で、QOLにも配慮した診療は医療者の業務がより大変になるということがいわれています。それでも、患者さんとじっくり話し合って信頼関係を築くことができると、その後の治療がすごくスムーズになるというのも事実です。

患者さんにアプリの説明をする山口先生

今日も、がん治療の副作用などで色々と気掛かりがあるという患者さんと1時間以上話をしてきたところです。
その方は、抗がん剤治療をするかどうかで、「副作用が気になって迷っているけれど、治療したい気持ちもあって……」という気持ちを吐露してくれました。
それに対して「受けたほうがいいですよ」「副作用はこの薬で対処できますよ」と言うだけなら簡単です。でもそこに時間をかけて、患者さんが満足するように話を聞いて、「私たちはあなたの気持ちを分かっていますよ」と示すのが大事だと思っています。

こういうコミュニケーションを繰り返すことで、患者さんは医療者を信じて医療的に適切と考えられる治療を受けてくれるようになるのです。

ーーとても素晴らしい取り組みであると感じる一方で、先生方の時間や人的リソースにも限界がありますよね。
 
山口:おっしゃる通りです。でも、患者さんが不安を残したまま治療に臨んで「副作用で辛かった。こんなに辛いなら治療を受けなければ良かった」と思われてしまったら、お互いにとってよくありません。
そこでやはりハカルテのようなアプリが患者さんの体調記録や自己管理を助け、医療者への共有の橋渡しになってくれることを期待しています。


後編に続きます。


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