昔話が残されているのはなぜ?
週末や祝日は、過去の読書ブログからの転記が多くなってしまいますが、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。
2009年6月19日に投稿したブログより。
タイトルに惑わされてはいけません。
今現代にある昔話というのは、どのような経緯で残されたのでしょうか。未来への伝承のためなのか、それとも娯楽がなかったから、その代わりなのか。
現代に当てはめてみると、読むものは昔話以外にも絵本がたくさんありますし、大人であれば様々なジャンルの小説があります。視覚化すればマンガやアニメ、映画もあります。
これらのメディアを差し置いて、将来に残す必要が生ずるとすればどのような場合か・・・。
壮大な試みのもと、現代版昔話が始まります。
読みながら思ったのですが、伊坂幸太郎の週末のフールというのはこんな感じなのでしょうか。
未読だからよく分からないんですけどね。
今ので分かる人には何となくネタバレになっちゃいましたでしょうか。
何とも不思議なお話でした。
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