ジアンニ

短い小説を書いたり読んだりしています。 少しずつですが、自分の作品を載せたり、 読んで…

ジアンニ

短い小説を書いたり読んだりしています。 少しずつですが、自分の作品を載せたり、 読んで心に残った小説の感想を書いていこうと思います。

マガジン

  • 短編小説*読書記録

    おもに短編小説を読んでいます。 このマガジンは、読後の印象が深かった作品の あらすじと感想を載せています。

記事一覧

家主の幸せな一日

                             8枚/400字                          スーパーの出入り口で家主に会った。家主は…

ジアンニ
1年前
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「バッカスの巫女たち」J・コルタサル著 木村榮一訳 『遊戯の終り』所収 国書刊行会

                             33枚/400字 【あらすじ】  劇場で催されたコンサートへ僕は行く。  芸術には無縁なこの街に、一人のマエス…

ジアンニ
1年前
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夢のほつれ目

 大きな地震が来る前に、九州か沖縄のあたりに引越しをしようと考え、はるばる下見に行った。  チャーリーと遊覧船のようなフェリーに乗っている。デッキに出て外を見る…

ジアンニ
1年前
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猿に会えた日

 チャーリーが帰宅する前に、私は街へ出かけた。最寄りの駅から私鉄に乗った。乗り込んだ電車はがら空きで、座席は半分も埋まっていない。  途中駅に停車したところで、…

ジアンニ
1年前
7

やっさん

 半世紀も昔の話である。やっさんは漁港に程近い、砂浜の掘っ立て小屋に、独りで暮らしていた。年齢は5、60代だったかと思われる。骨太の、いかつい体には筋肉が無駄な…

ジアンニ
1年前
5

温泉地にて

 私は観光地にいる。チャーリーと、近所に住む六十歳になったばかりの道子さんと三人いっしょだ。  観光ホテルの一階は土産品を売るコーナーと、入浴施設に二分されてい…

ジアンニ
1年前
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倒れた女

 私は集団生活をしている。同年代の人が多い。そして私は忙しくてたまらない。坂の途中に点在する建物の間を行き来しながら、ようやくの休憩に入れる準備をいそいそと始め…

ジアンニ
1年前
5

空中浮遊の術

 ふと、私はちびた鉛筆に手をかざした。するとその鉛筆が宙に浮いた。私の手は、ワシの爪のような形を作っている。鉛筆は手のひらから二、三センチの隙間を作って離れ、浮…

ジアンニ
1年前
5

入り日

 私の乗った電車は駅に入ってきた。止まってドアが開き、私はホームに降り立つ。線路の向かいには丘陵が迫っていた。改札へはホーム中央の階段を上っていかなければならな…

ジアンニ
1年前
7

海面辺の家

 海の近くに家を持っていた。生活には不便な所なので、たまにしか行かない。ハナちゃんが金を貸してくれて、建てた家だけれど、チャーリーが仕事に失敗してしまったから、…

ジアンニ
1年前
7

夜の蚊

 蚊の羽音に幾度か目覚めた。目覚めたといっても、夢うつつに近い状態だった。とにかく、早くどこかへ行ってしまわないものかと、羽音に耳をそばだてたりした。  夢見の…

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3年前
5

飛行機に乗ったカタツムリ

 六歳の女の子がどこで手に入れたのか、梨を包む紙を持っている。紙は薄くて艶があり、表面はかなり滑らかにできている。色は、濃いめの緑である。  女の子は二丁目の、…

ジアンニ
3年前
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家主の幸せな一日

家主の幸せな一日

                             8枚/400字

                       

 スーパーの出入り口で家主に会った。家主は八十歳を越えた女性で、息子夫婦と孫とで、このすぐ先にあるビルの最上階に暮らしている。

 私とチャーリーは家主の住む下の階の四階を借りているので、家主のおばあさんに軽くあいさつをした。

 おばあさんは自分の自転車に、米袋を積んでい

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「バッカスの巫女たち」J・コルタサル著 木村榮一訳 『遊戯の終り』所収 国書刊行会

「バッカスの巫女たち」J・コルタサル著 木村榮一訳 『遊戯の終り』所収 国書刊行会

                             33枚/400字
【あらすじ】
 劇場で催されたコンサートへ僕は行く。
 芸術には無縁なこの街に、一人のマエストロが熱狂を持ち込む。
 曲が終わるたびに、マエストロ・指揮者は盛んな喝采を受ける。聴衆は皆感動を抑え消れずに興奮している。
 泣いている婦人、痙攣を起こした娘などで、劇場内はますます狂気の体であふれかえった。僕はそんなバカ騒ぎに加

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夢のほつれ目

夢のほつれ目

 大きな地震が来る前に、九州か沖縄のあたりに引越しをしようと考え、はるばる下見に行った。
 チャーリーと遊覧船のようなフェリーに乗っている。デッキに出て外を見る。そよ風は海の匂いをたっぷり含んでいる。もしかしたら、噴火している桜島が見えるのではないかと、遠くに目を凝らす。でも、それらしき島は見当たらない。
 甲板は広い。チャーリーの姿は見えない。気の向くまま、デッキで散策でもしているのだろう。

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猿に会えた日

猿に会えた日

 チャーリーが帰宅する前に、私は街へ出かけた。最寄りの駅から私鉄に乗った。乗り込んだ電車はがら空きで、座席は半分も埋まっていない。

 途中駅に停車したところで、私は顔を捻って外を見た。
 線路より一段下、梅の木がまばらに生えている畑に猿が一匹いるのが見えた。私は驚いて、近くに腰かけている少年に教えようと、口を開きかけた。
 少年は私の言いたいことを瞬時に理解し、教えるより先に〝知ってるよ〟という

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やっさん

やっさん

 半世紀も昔の話である。やっさんは漁港に程近い、砂浜の掘っ立て小屋に、独りで暮らしていた。年齢は5、60代だったかと思われる。骨太の、いかつい体には筋肉が無駄なく付き、茶褐色に日焼けした顔面には、幾筋もの深いしわが刻まれていた。

 浜で地引き網を引く手伝いをして得たという魚を持って、やっさんはなんのきっかけでか、海からさほど離れていない我が家に出入りするようになった。

「おうっ、今朝はアジが、

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温泉地にて

温泉地にて

 私は観光地にいる。チャーリーと、近所に住む六十歳になったばかりの道子さんと三人いっしょだ。
 観光ホテルの一階は土産品を売るコーナーと、入浴施設に二分されていた。私はチャーリーと土産物売り場に向かった。道子さんはフロント近くのソファに深く腰をかけ、スリッパの足をぶらぶらさせながら、私たちをにこやかな顔で見ていた。
 商品はあふれ返るほどあって、目の高さよりもずっと上のほうにまで飾られていて、どこ

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倒れた女

倒れた女

 私は集団生活をしている。同年代の人が多い。そして私は忙しくてたまらない。坂の途中に点在する建物の間を行き来しながら、ようやくの休憩に入れる準備をいそいそと始めていた。
 私の小部屋がある坂の上の建物へ行こうとしたら、探していたものが、目と鼻の先に転がっているのに気づいた。靴に取り付けて重心の反復変化を使い、楽に移動できる板だ。さっそく左足の靴にはめてみた。靴底に当ててバネを倒せばいいのだ。長さは

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空中浮遊の術

空中浮遊の術

 ふと、私はちびた鉛筆に手をかざした。するとその鉛筆が宙に浮いた。私の手は、ワシの爪のような形を作っている。鉛筆は手のひらから二、三センチの隙間を作って離れ、浮遊している。ぴったりとくっつきもせず、離れもせず、超伝導のように、といったぐあいだ。

 私は自分でも驚き、横にいる野口さんに声をかけた。野口さんも目をみはり、その向こうにいる女性も、驚きが感染したふうに声を上げた。私もなぜこんなことが急に

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入り日

入り日

 私の乗った電車は駅に入ってきた。止まってドアが開き、私はホームに降り立つ。線路の向かいには丘陵が迫っていた。改札へはホーム中央の階段を上っていかなければならなかった。降りた位置は列車の最後尾に近くて、改札口からはいちばん遠く離れているようだった。近くの車両からは、十人ほどが下車しただろうか。午後も遅い時刻のローカル鉄道の田舎駅であった。

 周辺を見渡しても、人家以外は目につかない駅だ。と、ホー

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海面辺の家

海面辺の家

 海の近くに家を持っていた。生活には不便な所なので、たまにしか行かない。ハナちゃんが金を貸してくれて、建てた家だけれど、チャーリーが仕事に失敗してしまったから、ハナちゃんへの金銭の返済はずっと滞ったままである。

 私とチャーリーは二人、ひさしぶりにその海の家へ来ていた。家の東側と南側は海に敷地が接していて、埋立地なので海面には波がなくて、コンクリートで固められた敷地の端から下をのぞき込むと、10

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夜の蚊

夜の蚊

 蚊の羽音に幾度か目覚めた。目覚めたといっても、夢うつつに近い状態だった。とにかく、早くどこかへ行ってしまわないものかと、羽音に耳をそばだてたりした。
 夢見の最中だったようにも思われた。なのに蚊は、ウーンとうなって私を起こしにかかるのだ。いよいよ夢のなかにまで、蚊が押し入ってきそうになった。だから私は、夢の端っこのほうで足踏みせざるを得なかった。
 と、顔の産毛がかすかにさやいだ。意識を現実のほ

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飛行機に乗ったカタツムリ

飛行機に乗ったカタツムリ

 六歳の女の子がどこで手に入れたのか、梨を包む紙を持っている。紙は薄くて艶があり、表面はかなり滑らかにできている。色は、濃いめの緑である。
 女の子は二丁目の、誰もいない公園のブランコに腰を掛け、鼻歌を歌いながら緑色の紙を折り始める。ブランコを揺する回数がしだいに減ってきたのに合わせ、両足をしっかり地面に着けた。立ち上がって右手を高く掲げる。指先に緑の紙飛行機が挟まれている。今まさに、空へ飛び立っ

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