見出し画像

空中浮遊の術

 ふと、私はちびた鉛筆に手をかざした。するとその鉛筆が宙に浮いた。私の手は、ワシの爪のような形を作っている。鉛筆は手のひらから二、三センチの隙間を作って離れ、浮遊している。ぴったりとくっつきもせず、離れもせず、超伝導のように、といったぐあいだ。


 私は自分でも驚き、横にいる野口さんに声をかけた。野口さんも目をみはり、その向こうにいる女性も、驚きが感染したふうに声を上げた。私もなぜこんなことが急にできてしまうのか分からなかったので、自分自身、感嘆しながら鉛筆をあやつっていた。


 別の鉛筆でもできるかしらと思い、前の棚にある交換用トイレットペーパーの脇に無造作に投げ出されている、緑色した六角形のもう一本を手に取って、右手をかざすと、同じように宙に浮いた。これはすごいと、私は熱中した。


 しかし、ただ宙に漂うだけで、鉛筆が他のものに化けるわけではなく、いつまでも感動しているのは私本人だけになり、野口さんも、もう一人の女性もしだいに飽きが生じたらしく、それでもしつこく私が見せようとするので、不快の表情さえ顔に出して、苦笑いしながら「もういいかげんにしてよ」とさえ言ったので、私は気をそがれたかっこうで、ぴたりと術を使うのをやめた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?