緑一色式カミングアウト
毎日物語を書いて毎日やるべきこともやり、それが終わったら26kmぐらい趣味でチャリを漕ぎ出してたらほとほと疲れたのでそれについて話したい。
つまりテーマは有酸素運動ぐらいさせてというものだ。
ぼくには呪いの言葉がある。ぼく自身この場所にさんざ筋トレがどうだの自分がやったことだのこれがいいあれがいいと知った口で書いているが、ぼくはとにかく継続できなければ何の意味もないと思っているので筋力を超回復させる行為について極めて自分に甘くしているしこれからもそうするつもりだ。
だから基本的にトレが趣味です、とか言い始める人と比べて圧倒的に筋影をつけるほどのコミットメントをトレに求めてないし、そのような結果が欲しくてやってるわけじゃない。
だから同時に、トレが好きだという人に比べてその頻度も負荷も甘いと思ってやっているしその様子を隠さないように各種文を書いているはずだ。つまり遠慮している。業界に気を使いながら文を書いている。今だってそうだ。
というのも、身近なトレマニアがいうには有酸素運動では身体がしぼむだけだという。彼女たちはそのような筋を求めていないわけだ。普通のロードでは、また車道ではなく歩道を道交法の許す範囲での速度で漕ぎ出す行為は有酸素運動でしかないらしい。確かにそう思う。だが、すべての道とは自転車に最適化されているわけじゃない。最大ギアでフルパワーが出せる車道などあるわけがないし、だからといって負荷をかけるためだけにあるような坂がいつまでも続くわけでもない。坂を上がったら降りてまた上がる?そのような地獄を味わうためにぼくは漕いでいるわけじゃないのだ(でも、坂では降りずに漕ぐことで恐ろしい負荷をかけるようにしている。車通りがなければ、そして苦じゃなければ車道を全速力で行くようにもしている)。
だからトレマニアに比べてロードは肩身が狭かった。だからぼくは原点に戻ることにした。ぼくがこの道を選んだのは生活のためである。それは交通インフラとしての役割をもたせ、一石二鳥を狙うものだ。いくらやっても有酸素運動でしかないのか、道から車が消えたら全速力で走らないといけないのか、坂を見つけたら何が何でも降りずに漕がねばならんのか。
でも、理学療法士のひと……(多分違う)の話で救われた気になった。SNSの健康アカウントとは基本お体をいたわるべき御年(おんとし)の人とかに向けて発信してるから、あまり適用されない部分があったりすんのかなとか思うこともあり、といいますか基本そうなんだろうなって感じなんだけど、別にぼくはもともと健康でも運動的でもないし参考にしたい。
座ってばっかいっから心肺機能もあれだろうし、
脂肪は……菓子遠慮なく食ってるから燃えるべきだろうし、
血圧は……朝起きれないけどなんかいいんだろうし、
基礎代謝は……トレってるから異様に発汗するけどもっと良くなるに越したことないんだろうし、
寝るためにトレってるんだし、自転車もそうだし、
ストレスが……あんまない気がするけど日々の義務をやってればその都度でてくるし、
肌は……荒れたことがないんだが冬場も自転車に乗るとひび割れたりするだろうし、
生きるための二輪を漕いで幸せになれるならもはや完璧だし、
ということでぼくは必ずしもトレではなく有酸素の目的で二輪を漕いでもいいわけだ。ぼくにそのアドバイスをしたトレマニアの彼女に教えてあげたい。幸せから目をそむけていませんか?と。
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