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【社会からの逃亡】The Safe House【小説】【完成版】【随時更新】

■この物語はフィクションです

・実在の人物・組織・出来事等とは
 一切関係ありません

・この物語には
 自殺未遂・虐待・パワハラ・いじめ等
 
の内容が含まれます。

 精神的に不安な方は
 ブラウザバック
を推奨します。

・この物語を参考に、
 現実での犯罪等をするのは
 おやめください


■プロローグ「新たな使命」

▼ひとりぼっちのクリスマス

家に、いたくなくて……
どこか、遠くに行きたくて……

電車に、逃げ込んだ。

人の波についてゆき、
気が付くと……

イルミネーションと、
カップルたちの中にいた。

夢野陽
(ああ、今日は……クリスマスか……)

……笑顔の波におされるまま、
ふらふら歩く……。

夢野陽
(……恋人なんて……

 オレなんかには、まぶしすぎる……)

……突然、人の流れが止まった。
赤信号の交差点の前だった。

女性
「さむいーっ」

男性
「……ほら、手」

目の前のカップルは手をつなぎ、
寄り添った。

女性
「……あったかい……」

夢野陽
「…………」

……オレは
自分の上着のポケットに、
手をつっこんだ。

その時、
信号が青に変わり、
カップルの波が動き始める。

オレは人込みを抜けて、

人のいないほうへ
早足で逃げた……。

▼孤独同士の出会い

――気が付くと、
見覚えのない住宅街にいた。

あたりには大きな家ばかり、
立ち並んでいる。

……広い道の真ん中に、
オレは突っ立っていた。

夢野陽
(……いつの間に、こんなところに……)

クリスマスだというのに、
あたりには誰もいない。

ときおり、
雪が屋根から落ちる音だけが、
聞こえてくる……。

夢野陽
(……寒い……)

??
「ママ……私が、いけないの……?」

……どこからか、声が聞こえた。

夢野陽
「……?」

あたりを見回す。

……が、
か細い声の主は、見あたらない……。

??
「わたしが……私が、
 悪い子だから、いけないの……?」

……どうも、
上の方から声がしているようだ。

見上げると……

大きな屋敷の二階の
窓のところに、

長い金髪の女の子が
立っていた。

夢野陽
「えっ」

真っ白な服を着た
彼女のからだが、

外へと傾き――

夢野陽
「あぶないっ!」

少女
「!?」

……思わず、声をかけてしまった。

――少女は窓枠をつかみ、
その場にふみとどまった。

夢野陽
(ほっ……)

少女はあたりを、
きょろきょろと見まわし……

大きな瞳を、オレの方へ向けた。

夢野陽
「あ、あぶないよ……」

……今度は、小さな声で伝えた。

少女
「あ…………」

少女はビクッと身体をふるわせ、
きょろきょろと
目をさまよわせた。

少女
「は、はい……」

ビュオッ!

――その時一瞬、
強い風が吹いた。

少女
「あっ」

少女が、宙に手を伸ばす。

夢野陽
(あぶない……!)

少女
「ああ……!」

少女の指先を、
白い何かがかすめた。

……彼女は焦ったような顔をして、
部屋に引っ込んだ。

夢野陽
(……なんだ、
 あの白いの……?)

少女がつかもうとしていた、
白いそれは……

まるで雪のように、
ふわふわと宙を舞い――

オレの足元に、音もなく落ちた。

夢野陽
(紙……?)

拾い上げ、見てみる。

夢野陽
「…………た……かける? ばつ?」

ぐしゃぐしゃになっている
紙の真ん中には、

「た」「×」と書かれている。

夢野陽
(……なんだ?
 なにかの暗号か?)

しかし、
その震えた文字を見ていると……

……なんだか……
……胸のあたりが、ざわざわする……。

夢野陽
(いや……
 これはきっと、
 暗号なんてものじゃない……。

 もっと、切実な………………)

??
「か、かえして!」

夢野陽
「!」

さっきの少女が、
少し離れたところの
門の向こう側にいた。

そこに近づいてみると、

レースがあしらわれた
白い寝巻を着た姿は、
小学生の低学年くらいに見える。

少女
「かえして……ください」

オレは紙についたシワを、
ていねいに伸ばした。

門の隙間から、
紙を少女に差し出す。

夢野陽
「……はい」

怯えた様子の少女に向かって、
オレは微笑んだ。

カサッ……

少女は震える指先で、
紙を素早く手にとった。

そして、紙を
ぎゅっと
胸元に抱きしめる。

夢野陽
(……あれ、この子のほっぺた……)

少女は振り返り、
屋敷の方へ歩き始める……。

夢野陽
「……あ、あの!」

少女
「!」

少女は肩を震わせた。

……彼女はゆっくりと、
肩越しにこちらを見る。

少女
「……?」

夢野陽
「だ……だいじょうぶ?」

少女
「!!!」

……少女の大きな瞳に、
涙があふれたように、見えた。

彼女はすぐに前に向き直り、うつむく。

少女
「…………だ……
 だ、……だいじょうぶ、です……」

……彼女は囁くように言って、

足早に、
屋敷の方へ走っていった。

夢野陽
(……あの子のほお……
 ひどいアザが……)

転んで打った……
というレベルのものには、見えなかった。

まるで……
そこだけを何度も何度も打ったから、
できたような……

大きな青アザだった。

??
「こんなところで、何してるのッ!?」

??
「ご、ごめんなさい……」

夢野陽
「……?」

門の奥から、声がきこえてきた。

門の隙間からは、
屋敷の玄関らしきドアが見える。

そこには、
先ほどの少女がいた。

彼女の前には
巨大なドアを背にして、

金髪を団子にまとめている女性が
仁王立ちしている。

女性
「部屋で勉強しなさいって、
 さっき言ったじゃない!

 なんでまた、
 部屋から出たのッ!?」

少女
「……ごめんなさい……」

女性
「ごめんなさいで許されるなら、
 私たち警察はいらないわよ!」

女性は
少女が持っている紙を
奪い取り、見た。

女性
「なによ、これ……!?

 変なことしてないで、
 勉強しなさいよッ!

 ……気持ち悪い、意味分かんない……!」

女性は紙を地面にたたきつけ、
靴で踏みつけた。

夢野陽
「!」

少女
「あ……!」

女性
「……はあ……」

女性はため息をつき、
少女のまわりを歩き回る……。

女性
「……アンタねえ……
 いつも、いつも言ってるでしょ?
 
 将来、
 私みたいな
 立派な警察官僚になって、
 良い男性と結婚しなさいって。

 それが警察官僚一家に生まれた、
 アンタの使命で、幸せだって。

 小学校受験は、その第一歩なのよ?

 ……なのに……」

女性は動きを止め、
少女の目の前に立った。

女性
「アンタ、なんで遊んでんの?

 今の自分の学力、分かってんの?
 このままじゃ受験、落ちちゃうわよ?

 常識で考えなさいよ、

 あの学力じゃあ、
 毎日休まず勉強するのが
 当たり前でしょ?
 
 遊ぶなんて、ありえないでしょ?

 ……私、
 なんか間違ってること
 言ってる?」

少女は身体を震わせ、
ぶるぶると首を横に振った。

少女
「い、いいえ……っ」

女性はにやりと笑った。

女性
「でしょ?

 私はアンタの将来を思って、
 言ってるのよ?」

少女
「…………は、はい……」

夢野陽
(……将来を思って?

 ……泣いておびえている人を、
 責め立てるのが……?)

女性
「……さっきからアンタねえ、
 泣いたら許されるとでも思ってんの?

 いつまでも
 メソメソしてんじゃないわよ、
 
 とっとと部屋に戻って、
 必死こいて勉強しなさいッ!」

彼女は腕を振り上げ、
屋敷の上の方を指した。

少女
「は、はい……」

少女は玄関の扉へ向かって、
ふらふらと歩き出した。

少女
「あうっ」

夢野陽
「あっ」

……少女が、転んでしまった。

女性
「なにしてんのよ!
 とっとと立ちなさい!」

女性はその場で地団駄を踏んだ。

少女は立ち上がり、
ふらふらと歩き出す……

が、また、転んでしまった。

少女
「う、うう……っ」

夢野陽
(だ、だいじょうぶかな……)

女性
「チッ……
 ……ああ、もう!!」

女性はものすごい勢いで
少女の手を引き、
玄関に引っ込んだ。

夢野陽
「!」

少女
「いたい……!」

夢野陽
「!!」

少女
「いたい、いたいよ、ママ、いたいぃ……!」

夢野陽
(痛いって、まさか……)

……さっき見た、
少女のほっぺたの青アザが、
頭をよぎった。

女性
「アンタがどんくさいのが、
 いけないんでしょお!?

 そんなんだから!
 アンタはいつまでも、悪い子なのよッ!

 とっとと来なさい、
 このクソガキッ!」

……スマートフォンの電話アプリに、
指が伸びた。

▼警察の実態

――数分後。

パトカーがやってきて、
屋敷の門の近くに止まった。

ドアが開き、
男性の警察官がふたり出てくる。

オレは慌てて、
彼らの近くに駆け寄った。

夢野陽
「あの、
 通報した者なんですけど……
 この家です。

 ……オレが、
 心配しすぎかもしれませんが……」

年配の警察官
「いえ、大丈夫ですよ。
 情報提供、ありがとうございます。

 あとはこちらで対応しますので」

夢野陽
「あ、はい……」

警察官ふたりは
オレに軽く頭を下げ、
目の前を通り過ぎた。

年配の警察官が、
インターホンを押す。

夢野陽
(……警察の人も来てくれたし、
 だいじょうぶかな。

 ……帰ろう)

オレはスマートフォンで、
近くの駅までの道を調べる……

年配の警察官
「……夜分遅くにすみません。

 S警察署の者です。
 ……ええ、いつもの通報です」

夢野陽
(……いつも?)

すぐに屋敷から男性がやってきて、
門を開いた。

警察官ふたりは
門を開いた男性に会釈をし、
屋敷の方へ歩いていった。

夢野陽
(……いつも、って……
 これが、当たり前なのか?

 ……通報を受けて、
 警察が来るようなことが?)

……そう思っていると、

若い警察官
「いやー、
 今日もいい仕事しました!」

屋敷の方から、
警察官ふたりが
こちらへ歩いてきた。

夢野陽
(早っ!?)

若い警察官
「通報してくれた人には、
 感謝ですよー。

 この家にくるたびに、

 ふつうに働くのが
 バカバカしくなるくらいの金が、
 もらえるんですから……」

夢野陽
(お、オレ……? 金?)

年配の警察官
「……金を受け取ったからには、
 黙っておけよ」
 
若い警察官
「わかってますよ!

 誰にも言いませんって、
 こんなにオイシイ”臨時収入”……!

 ……それに……

 警察のお偉いさんが、
 ひとり娘を虐待していて……

 通報でかけつけた警察官を
 金で追い返しているなんて、
 とんでもない話ですからねえ。

 口が裂けても言えません」
 
夢野陽
(えっ……!?)

……オレはとっさに、
少し離れたところにある
電柱の陰に隠れた。

夢野陽
(……つい、隠れてしまった……)

……電柱から、顔だけを出す。

警察官二人が、
パトカーの前で
立ち止まっているのが見えた。

若い警察官
「ふんふ〜ん♪」

若い警察官は分厚い封筒から、
はちきれんばかりに詰まった、
紙の束を取り出した。

若い警察官
「……へへっ、

 やっぱ世の中、
 カネだよなあ……!」

彼はその束を、指で数え始める……。

夢野陽
(あの指の動き……
 本当に、金が……)

雪が降っているというのに……
汗が、頬を伝う……。

若い警察官
「あははっ!

 最高ですよ、この仕事……!」

若い警察官は
札束を扇子のように広げ、
ゆるりとあおいだ。

若い警察官 
「普段サボってても、
 このお屋敷の通報にさえ
 かけつければ……

 こうして”臨時収入”がもらえて、
 将来のキャリアまで
 保証されてるんですから!」

 夢野陽
(……は……!?)

年配の警察官は
懐からタバコを取り出し、

火を点けて口にくわえた。

年配の警察官
「……嬉しいのは分かるが、
 そのへんにしとけよ。

 ……誰かに、
 聞かれてるかもしれない」

夢野陽
「……!」

……オレはいつのまにか
道にはみ出しかけていた身体を、

電柱の陰に戻した。

若い警察官
「ああ、すんません、つい……」

若い警察官は満足そうな顔で、
札束で作った扇子を閉じた。

分厚いそれを
丁寧に封筒に入れ、
胸元にしまう……。

若い警察官
「……ふう。

 ……まあ、あの女の子には、
 申し訳ないですけどね」

彼は真面目な顔つきになって、
屋敷を見上げた。

若い警察官
「……あの女の子……
 ホントにかわいそうだ……。

 こんな、クソみたいなお屋敷に
 生まれちまって……。

 ほんとなら、
 可愛い一人娘だー……って、
 大事にされるはず
 じゃないんですかねえ?

 でも、今のあの子は……
 ――ただの、
 母親のサンドバッグですよ……」

年配の警察官
「…………まあ……
 昔からよくある”しつけ”だな」

年配の警察官は
口の端から煙を吐いた。

夢野陽
(……「しつけ」なのか? あれが?)

……若い警察官は
手を何かを握るような形にして、
何度かひねった。

若い警察官
「今日のカネ、

 早くパチンコに
 全ツッパしてえっす!

 いけないことしてる……
 っていうのが、
 めーちゃくちゃ気持ちいーんすよ!

 次非番が一緒になった時、
 一緒に打ちに
 行きましょうよー!」

夢野陽
(……は……!?)

年配の警察官
「ああ、いいぞ。

 ……署に戻るぞ」

若い警察官はうなずいて、
パトカーの中に入った。

年配の警察官は
タバコを地面に落とし、
足で踏む。

そして、
帽子を手で直し、
辺りを鋭い目で見まわした。

夢野陽
「……!」

オレは首をひっこめ、息をひそめた。

……少しして、
車が過ぎ去る音がした。

……ちらと門の方を見ると、
もう、パトカーはいなくなっていた。

夢野陽
(……警察……だよな、
 今の……)

……スマートフォンの通話履歴を開く。

――110という文字が……
なんだか、ぼやけて見える……。

夢野陽
(……なんつー連中だ、
 腐ってる……。

 カネで、
 正義を捨てるなんて……)

……もう一度、
屋敷へ目をやった。

周囲の家より
ひときわ大きい
白い屋敷は闇の中、

誇らしげに建っている。

……少し前まで、
女性の怒鳴り声が
響いていたのに……

今では物音ひとつ、
聞こえてこない……。

……二階の窓に立っていた
少女の真っ黒な瞳が……
頭をよぎった。

月を見上げているのに、
光ひとつない、瞳……。

若い警察官
「でも、今のあの子は……
 ――ただの、
母親のサンドバッグですよ……」

警察官の言葉を、思い出す……。

夢野陽
(やっぱり、そうだったんだ……
 あの子は、お母様に――)

……胸のあたりが
ますます冷たく、
重くなった……。

▼児童相談所

翌日。

少女の住む地域の
児童相談所の人に、
昨日のことを話した。

……相談所を出て、歩く。

夢野陽
(……きっと、
 だいじょうぶだ……。
 
 警察は、
 あの子の親が関係者だから、
 ダメだとしても……

 第三者の児童相談所なら、
 もしかしたら……)

……振り返り、
相談所をジッと見た。

夢野陽
(……もう、任せるしかない……)

▼決意

それから、数週間後――。

家に、いたくなくて……
どこか、遠くにいきたくて……

ふたたび、電車に乗った。

……何本か電車を乗り継いだあと、
ふと、案内表示の画面を見た。

夢野陽
「あ……」

(……途中の駅、
 あの子の住んでるところだ……)

夢野陽
(……あの子……

 だいじょうぶかな……)

女性
「将来、私みたいな
立派な警察官僚になって、
 良い男性と結婚しなさい」

「このクソガキ!」

……少女の母親、
という人のことが、
頭をよぎる。

夢野陽
(……オレにはとても、
 「しつけ」には、思えない……)

……母親の前で少女は、
その小さな身体を
震わせていた……。

夢野陽
(……あの子の様子を、
 見に行ってみようか?

 ……いや……

 何の関係もないオレが
 行ったところで、何になる……?

 ……それに……)

夢野陽
(児童相談所にも伝えたんだ、
 だから、大丈夫だ、きっと……)

年配の警察官
「ええ、いつもの通報です」

夢野陽
(まさか……

 児童相談所も
 金を握らされてるなんて、
 ないよな……?)

……胸のあたりが重くなった。

身体の温度が、
急に下がった気がする……。

夢野陽
(警察官は、
 通報を受けるのは「いつも」
 って、言ってたよな……)

なのに、あの子は、
ふらふら歩いていて……

家から、落ちたがっていて……

……誰かに、
助けられている様子がない……。

夢野陽
(……たとえば、オレみたいに……

 誰かから、
 児相へ相談が来たとして。

 あの屋敷を訪れた職員の人が、
 金を渡されて、
 追い返されるのは……

 ……まったく
 ありえない話じゃ、ない……。

 ……いや……考えすぎか?

 ……児相を信じたい、けど……)

飛び降りそうな少女と……

札束を扇子にして
あおいだ警察官の顔が……

……頭にこびりついて、
離れない……。

若い警察官
「警察のお偉いさんが、
 ひとり娘を虐待していて……

 通報でかけつけた警察官を
 金で追い返しているなんて、
 とんでもない話ですからねえ」

「やっぱ世の中、
カネだよなあ……」

「今日のカネ、

 早くパチンコに
 全ツッパしてえっす!

 いけないことしてる……
 っていうのが、
 めーちゃくちゃ気持ちいーんすよ!」

夢野陽
(……警察のくせに……

 苦しんでいる命が、
 死にそうな命が、
 目の前にいるのに……
 
 そんなにカネが、大事なのか……!?)

バンッ!!!

――電車のドアが開き、
風が勢いよく吹き込んできた。

夢野陽
(この駅は……………
 あの子の家の近くの……)

……謎の紙と、
少女の叫びが、
頭をよぎる……。

夢野陽
「…………た……かける? ばつ?」

夢野陽
(これはきっと、
 暗号なんてものじゃない……。

 もっと、切実な…………)

少女
「いたいぃ……!」

夢野陽
(……このまま……

 何もしないで、
 この電車に、乗り続けたら……

 もしも、もしも今日……

 ……あの子が、死んでしまったら……)

……オレは絶対に、後悔する……。

夢野陽
(………様子だけでも……)

オレは、電車から飛び出した。

夢野陽
(……何もなければ、
 それでいいんだ……

 オレの悪い妄想ですめば、
 それでいい……!

 誰でもいい、
 あの子を助けてくれていれば……

 あの子が、
 笑顔で生きていてさえ、くれれば……!)

駅の改札を通り、
住宅街への道を急ぐ。

夢野陽
「はあ、はあ……!」

……走ったのなんて、
いつぶりだろう?

ズザァッ!

夢野陽
「ううっ……!」

……足がもつれ、転んでしまった。

ズボンの膝のところが破け、
血が出ている……。

夢野陽
(……痛い……!

 ……でも……)

……暗い目をした少女の顔が、
頭をよぎった。

夢野陽
(きっと、
 死にたがっている
 あの子に比べたら……
 
 オレの痛みなんか……!)

オレは立ち上がり、もう一度走り出す。

夢野陽
「……はっ、はあ……!」

夢野陽
(なんで……

 どうしてオレ、
 こんなに
 必死なんだろう……)

名前も知らない少女のために、
痛みをガマンして――。

夢野陽
(分からない……)

少女の母親が、ひどいと思ったから?

警察が少女を
助けようとしなかったのが、
許せなかったから?

夢野陽
(いや……
 そんな、理屈なんかじゃない……。

 目の前の命が苦しんで、
 失われようとするのを、
 見過ごすなんて……

 オレには……できない……!)

あの子と何の関係もない
オレには、
何もできない。

そんなこと、分かってる。

でも……
足が、前へと動くんだ。

▼社会からの逃亡

夢野陽
「……はあ、はあ……」

……少女の家の前に、辿り着いた。

巨大な白い屋敷は、
静まり返っている。

……クリスマスの時と、同じように……。

……オレはあの日と、
同じ場所に立った。

夢野陽
(……あの子が
 窓のところにいなければ、
 それでいいんだ。

 いなければ、それで――)

……あの日と同じように、
屋敷の二階を見上げた。

夢野陽
「……あ……!!!」

少女が窓のところに、
立っていた……。

……あの日と、同じように……。

夢野陽
「そんな…………」

……視界がぼやけ、
少女の姿が、
はるか遠くに見える……。

夢野陽
(何も……変わってない……
 クリスマスのあの日から、
 何も……。

 ……オレのやってきたことは、
 全部……………
 ムダだったのか?)

警察への通報も……
児童相談所への相談も、
全部――

少女
「あ……!」

……少女が、オレを見ていた。

彼女の顔が、ぐしゃっとゆがみ……

その大きな目に、涙があふれた。

夢野陽
「……!」

少女はオレから顔をそらし、
空を見上げた。

そのからだが、
ぐらりと、前に――

夢野陽
(ダメだ、それだけは!)

夢野陽
「あのっ!!!」

少女
「!」

少女は窓枠をつかみ、
オレの方を見た。

夢野陽
「オレと、一緒に……!」

……頭の中で、
クリスマスの時に見た、

パトカーの赤い光が
またたき始めた。

……ドクン……ドクン……

……そして、心臓が、
うるさいくらいになっている……。

夢野陽
(わかってる……。

 頭では、理屈では……
 絶対にやっちゃいけないって、
 わかってる……。

 オレは無職で……
 大切な人も、いない……。

 だからって、
 やっていいはずないって、
 わかってる……)

ここから二階までは、
かなり距離がある。

けれど……

オレをぼうっと見ている
少女のほおに
ひとすじの涙が光ったのが、

はっきりと見えた……。

夢野陽
(でも……

 この子を、
 見殺しにするなんて……

 やっぱりオレには……
 できない……!)

ドクンッ!!

……心臓が一度、
大きく鳴った。

夢野陽
「オレと!
 どこか遠くへ……逃げない?」

少女
「!!!」

……その大きな瞳に
はじめて、光が宿り……

涙があふれたように、見えた。

夢野陽
「!!」

……少女は、
部屋にひっこんだ。

夢野陽
「……あ…………」

……ほおを、汗がつたう……。

夢野陽
(……オレ……
 今、なんて言った?)

……足がふらふらして、
思わず、後ろに後ずさる。

……頭をおさえ、うつむいた。

夢野陽
(あの子に……

 「一緒に遠くに逃げよう」
 なんて、言ったのか? 今?)

夢野陽
「……なに言ってんだ、オレ……」

ドンッ……

夢野陽
「……?」

……足に、何かが当たった。
下を見ると――

夢野陽
「!!」

少女が……
目から大つぶの涙をこぼしながら、

オレに……
しがみついていた。

少女
「…………!!」

夢野陽
「……!!!」

ドグッ……

また、心臓が大きく鳴った。

夢野陽
(この子は、オレに……
 助けを、求めている……!!)

……オレは、彼女の手をとった。

屋敷に、背を向ける。

夢野陽
「行こう……
 どこか、遠くへ……」

――オレをつまはじきにした、
この冷たい世界で……

少女の小さな手の温もりだけが、
オレを導いてくれる――

そんな気がした。

To Be Continued…

■続き(台本版)

■小話「この記事について」

この記事は

現在連載中の物語
「The Safe House」の台本をまとめ

小説」として再編集する
 ためのものです。

この記事をもって
「The Safe House」を完成とする予定です。

「台本」第1話⇒

この記事では
不要な部分のカットのほか、

長さ等の都合で台本には
入れられなかったシーンや表現、挿絵
などを入れます。

今後も物語の続きを
台本として
単発で定期的に投稿しつつ、

この記事では

台本で公開した部分の小説verを
随時追加/編集する予定です。

■イメージ画像のためにお借りしたイラスト一覧

※敬称略

※一部イラストに
 「データ抜き取り対策のため、
  加工した場合のみ使用可能」
 という規約があるため、

 イラストには
 ぼかしとタイトルロゴを入れております。

 すべての画像に同じ加工をしたのは、
 統一感を出すためです。


見出し画像:
背景素材屋さんみにくる

電車の車内・児童相談所・駅のホーム:
みんちりえ

クリスマスの東京・雪の透過素材:
Studio Celeste

高級住宅街・屋敷・屋敷の門:
背景素材屋さんみにくる

三日月が浮かぶ空:雨合羽


読んでいただき、ありがとうございました。 いただいたサポートはちょっとした「ご褒美」or 「一次創作の費用の補填」に使わせていただきます。 (ご褒美⇒お菓子・飲み物。 一次創作⇒「The Safe House」で使用中の有料のイラスト。 サポート元の記事にあわせ、用途は分けます)