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いかにヘボいかを自覚する


2024年2月18日(日)朝の6:00になりました。

誰もが自分自身の視野の限界を、世界の限界だと思い込んでいる。

どうも、高倉大希です。




視野が狭すぎる。

あらゆる悩みの原因は、ここにあるのだろうなと思っています。


視野が狭いから、目の前のものごとが問題であるかのように見えます。

大きなものごとの前に立ってしまえば、もはやそれは問題ですらなくなります。


「視野の狭い人は、我が身を処する道を誤るだけでなく人にも迷惑をかける」

パナソニックの創業者である松下幸之助さんの、随分と残酷な言葉です。


世の中にある「問題かもしれない」と言われていることのほとんどは、実はビジネス・研究上で本当に取り組む必要のある問題ではない。世の中で「問題かもしれない」と言われていることの総数を100とすれば、今、この局面で本当に白黒はっきりさせるべき問題はせいぜい2つか3つくらいだ。

安宅和人(2018)「イシューよりはじめよ」英治出版


世界の大きさを知るということは、自分の小ささを知るということでもあります。

一生懸命になってうんうんと悩むには、あまりにも小さすぎます。


悩んでいるときに限って、それはどうしようもないものだと思い込みがちです。

近くにあるものは、どうしたって大きく見えてしまうからです。


悩みを生み出しているのは、自分自身です。

自分がそこに立っているから、悩みが発生するのです。


ぼくは、先生の役割って、一つの狭い常識のなかで生きている人に、そうじゃないよと教えてくれて、でも、その答えは自分で見つけなさいよらといってくれることだと思います。だから、先生を見て、「ぼくって、わたしって、ちっちゃいなあ」と思えるような人じゃないとダメなんじゃないかなって思います。

高橋源一郎(2022)「5と3/4時間目の授業」講談社


だからこそ、より大きなものごとを見続けなければなりません。

自分がいかにヘボいかということを、くり返し思い出すのです。


きっと、これがものごとを学ぶということです。

狭くなっていく視野に、真っ向から抗い続けます。


学ばなければ、現状が維持されるというわけではありません。

学ばなければ、視野は自動的に狭くなっていくのです。


年齢を問わず、みんなで探求するコミュニティをつくり上げること。それがこれからの学校のあり方だというビジョンを描きました。それは「社会の一因として必要な資質を身につける場」という学校の古い意味を「自分が変わり続けるために行く場」という新しい意味へと変えることを意味します。つまり、「社会が自分を変えるための場」であった学校を「自分が社会を変えるための場」へと意味を逆転させるイノベーションです。

孫泰蔵(2023)「冒険の書 AI時代のアンラーニング」日経BP


学んで、わかったつもりになる。

これでは、元も子もありません。


ヘボいことを自覚するどころか、スゴいかもしれないという勘違いが生まれます。

地面から足が離れて、戻ってこれなくなってしまうパターンです。


くり返しになりますが、いかにヘボいかを自覚しなければなりません。

思っているよりもヘボいので、安心してください。






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