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サイバー・ジェロントロジー

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『サイバー・ジェロントロジー』

『サイバー・ジェロントロジー』

2038年5月15日

2038年5月15日、Xはついに総理大臣の地位に就いた。長年の活動と奮闘の末、遂にこの日を迎えることができたのだ。 国会議長の号令が響き渡る中、メタバース法案は可決成立した。65歳を過ぎた国民は、メタバース・ユニバースへと移行することになる。これにより理不尽な高齢化社会に終止符が打たれることに期待が高まった。法案可決の瞬間、国民の間では賛否両論が渦巻いていた。一部からは「人

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『サイバー・ジェロントロジー』 7

『サイバー・ジェロントロジー』 7

2038年8月1日

メタバース・ユニバースが正式に稼働を開始した。このプロジェクトの中核を担うのは、超高性能人工知能ENMAであった。ENMAは、65歳以上の国民の過去の人生を詳細に分析し、彼らの未来を決定する責任を負っていた。ENMAの判断は3つの選択肢に分かれる。生存許可、メタバース・ユニバースへの移行、そして生命の終焉。ENMAは可能な限り生存を優先し、それが不可能な場合にのみ他の選択肢を

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『サイバー・ジェロントロジー』 6

『サイバー・ジェロントロジー』 6

大学を卒業したXは、ついにMU構想の社会実装に向けて大きな一歩を踏み出すことになった。

大学時代から取り組んできたMUプロジェクトの成果を基に、Xは仲間たちとスタートアップ企業の設立を決意する。メタバース上に理想の仮想社会を創造し、人間の意識や人格そのものをデジタル化してMUに移植する。それが彼らの最終目標だった。

起業に向けて、Xは思い切った行動に出た。プロジェクトの中核を担ってきた有能な仲

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『サイバー・ジェロントロジー』 5

『サイバー・ジェロントロジー』 5

東京の渋谷から程近い場所にある、理工系の名門大学。この大学こそが、Xの夢の扉を開く場所となった。

入学早々、Xは情報工学科に所属し、ITとAIの最先端を学ぶことになる。周りを見渡せば、ほとんどの学生がプログラミングに明け暮れる日々を送っていた。ネットの普及により、徐々にWeb2.0の概念が社会に浸透しつつあった時期だった。

「ソーシャルネットワーキングの次は、バーチャル空間の構築だろうな」 受

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『サイバー・ジェロントロジー』 4

『サイバー・ジェロントロジー』 4

2038年5月15日、朝陽が東の空に顔を出した。

首相官邸の寝室で目を覚ましたXは、まだ夜が残る薄明かりの中で窓の外を見つめていた。この日を迎えるまでの道のりは遥かに長く、祖父の教えや認知症体験によって生まれた自身の理想を実現すべく、ここまで歩んで来たのだった。

しかし同時に、ちらりと疑念が頭をよぎった。夢の中で見た祖父の姿が、Xの心に戸惑いを投げかけていた。

《Xよ...そのメタバース・ユ

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『サイバー・ジェロントロジー』 2

『サイバー・ジェロントロジー』 2

1993年の夏、山間の小さな村で、朝靄が徐々に晴れ渡っていく。一面に広がる田園風景が、まばゆい日差しを浴びて輝きだした。

「Xくーん! 起きなさいよー」 祖母(おばあちゃん)の声が、軽やかに古びた農家の軒下に響いた。遅めの朝食を前に、6歳のXをつつきおこすのが日課だった。

「おじいちゃんは?」 「もうとっくに畑に行っておるわよ。X君も早く支度しなさい」

Xは慌ててTシャツに着替え、おばあちゃ

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『サイバー・ジェロントロジー』 3

『サイバー・ジェロントロジー』 3

Xが高校生になった2000年、おじいちゃん(祖父)の第二の人生が始まった。かつて田舎の生活に学び、Xに人生の本質を教えてくれた祖父が、いよいよ認知症を発症したのだ。

最初はささいなことから気づき始めた。おじいちゃんが朝の畑仕事に出かける際、うっかりと農具を忘れていく。それがきっかけで畑で時間を持て余し、あふれ出る暇つぶしを家族は目にするようになっていった。

「この野菜はいつ収穫したんだっけ?」

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