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あいいろのうさぎ  短編集

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「あいいろのうさぎ」として活動している私が日々書き溜めている短編をまとめたものです。恐らく文字数は1000字程度なので、サクッと読んでいただけると思います。 巡り合ったあなたの時…
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#小説

思い出創り

思い出創り

あいいろのうさぎ

「映画の撮影のためにどれだけ俺たちのこと連れまわすつもりだよ」

 浅井が額の汗を拭いながら文句を言う。

「コルクボードいっぱいの写真が必要なんだ。仕方ないだろ」

 慣れない山道に容赦なく照り付ける太陽。今はひたすら前に進むしかない。

「だからって一枚一枚別の場所で撮らなくてもいいだろ?」

 まったく、浅井はああ言えばこう言う。

「えー、私は製作費で色んなところ行けて

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強面な甘さ

強面な甘さ

あいいろのうさぎ

「もういい加減諦めたら?」

「お前に慈悲はないのか」

「ないね」

 そうハッキリ言われると何も返せなくなる。

 学生時代から使っている喫茶店で喜美子に相談を持ち掛けたらこれだ。

「あんたが強面で近寄りがたいのなんて今に始まったことじゃないでしょ?」

「だから困ってるんだろ、ずっとこの顔なんだぞ」

「整形でもしたら?」

「そうじゃない……」

 喜美子に相談した自

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手編みのマフラー

手編みのマフラー

あいいろのうさぎ

 ……さむい。

 怒った勢いで家を飛び出したらすごく寒いし、頭も冷えてきた。でも、家に帰りたくなかった。

 だって、せっかくの誕生日。変身ベルトが貰えると思ってワクワクしてたのに、いざ出てきたのが母さんの手編みのマフラーって、ガッカリするじゃん。俺、今日のために色々手伝ったりして、母さんももったいぶってたから、絶対貰えるって思ったのに。

 いざ出てきたのがマフラーって。

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I’ll live for you.

I’ll live for you.

I’ll live for you.あいいろのうさぎ

「おや? こんなところに子供がいるなんて珍しいな」

 そう言われてエミリーは顔を上げました。その声はそれこそ子供のものだったので、エミリーは大人ぶった口調に違和感を覚えました。ですが、見てみるとそこにはやはり少年がいるのでした。

 不思議に思っていると、少年は言葉を続けます。

「このバス停で待っていても何も来ないよ。ここが使われなくなっ

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あの日の夢

あの日の夢

あいいろのうさぎ

「私たちは夢を渡る劇団です。あなたの夜を預けてはいただけませんか?」

 その声を聴いた時には正直、全部幻覚と幻聴なんじゃないかと思った。広い公園だったはずの場所が私の見る限り遊園地になっていて、そこだけ真昼のように明るい。それだけでパニックなのに、突然、紳士が現れて先の台詞を聞かされたのだ。『訳が分からない』それが率直な感想だった。

 彼が私を落ち着かせつつ、ゆっくりと説明

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舞い上がれ、恋心

舞い上がれ、恋心

舞い上がれ、恋心あいいろのうさぎ

 結婚式への招待を断っていつも通りにやってきた公園のベンチからは、見渡す限りの芝生と遠くの遊具で子供たちがはしゃいでいる様子が見える。いつもはぼんやりとそれを眺めているけれど、今日はその手前に風船を膨らませている大人たちがいた。

 何かのキャンペーンなのであろう。風船には白色でロゴのようなものが描かれているけれど、ここからは何なのか分からない。

 日曜日の公

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ただの幼馴染

ただの幼馴染

あいいろのうさぎ

 私の幼馴染は「天才だ」と、誰もが言う。

 私にはよく分からないけれど、彼は将棋のプロになったらしく、日夜「昇段だ」「新人王だ」「名人だ」とかなんとか言われていて、気がついたらニュースに出ている。真剣に盤に向かっている姿ならまだ良いのだけど、インタビューに答えている彼の姿は私から言えば「借りてきた猫」なので、見ていてなんだか恥ずかしい。『お前、そんなキャラじゃないだろ!』と突

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また一緒に

また一緒に

また一緒にあいいろのうさぎ

 私が作られたのは今から三十年ほど前のこと。いつからこんな風に「想い」を持つようになったかはわからない。ただ、私の記憶の一番最初にあるのは、あの子の寝顔。まだ言葉を話すのも覚束ない子が、寝言で「たーた」と言っていた。てっきりそれが自分の名前なのかと思ったけれど、それはあの子が両親を呼ぶ時に使う言葉なのだと後々分かった。

 私の名前が分かったのは翌日。どうやら「なーち

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砂漠の薔薇

砂漠の薔薇

砂漠の薔薇あいいろのうさぎ

「君は酷くドライだよね。まるで砂漠みたいだ。どこを探しても花の一つだって咲いていない」

 その言葉を彼氏だった男から聞いた時は『随分と詩的な表現をするな』などと思った。それは面と向かって放たれた彼からの非難だったけれど、その時は傷つくでもなく、後の別れ話に追いすがるでもなく、『あなたが嫌なら別れましょう』と答えた私は、やっぱりドライなのかもしれない。

「いや、それ

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この窓を越えて

この窓を越えて

この窓を越えてあいいろのうさぎ

 人間が寝静まった夜は私たちの時間。外に出られない私は窓の外をジッと見つめる。そろそろ集会が終わって彼が来る頃だと思うのだけど──いた。

 足音もなく塀の上を歩いてこちらに向かってくる彼。その姿を見た途端に尻尾がピンと立ってしまうのが恥ずかしい。でもそれは彼も同じみたいで、私と目が合った途端に尻尾を立てて一目散にこちらに向かってくる。

「こんばんは、マリン」

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マーガレットは密やかに

マーガレットは密やかに

マーガレットは密やかにあいいろのうさぎ

 あなたはいつもキツ過ぎる香水の匂いを漂わせていた。

 あなたは煙草の匂いを香水で隠そうとしていて、煙草臭いよりはマシだったけど、鼻につくその香りは好ましいとは言えない。一度はそれとなく別の香水を提案したこともあったけれど、あなたは頑なに自分の匂いを変えなかったし、煙草も吸い続けた。

 あなたはとても頑固だった。

 私が掃除をしても料理をしても何も言

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いつかあなたに届けたい

いつかあなたに届けたい

いつかあなたに届けたいあいいろのうさぎ

 心臓って耳の隣にあるんだっけ。

 耳元に聞こえる自分の鼓動にそんなバカなことを考えてしまう。でも心臓が胸の真ん中にあるなんて今ばかりは信じられない。絶対耳の隣にある。こんな爆音でドクドク言っているんだ。耳の隣に無いなんてあり得ない。

 ……自分で思う。あり得ないほど緊張している。

 彼氏に誕生日プレゼントを渡すだけなのに。

 確かに彼と付き合い始

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Happily ever after.

Happily ever after.

Happily ever after.あいいろのうさぎ

 人の記憶を喰らう時、俺はその記憶の味と共に人生を見る。その味は何とも形容しがたい。一つの感情だけでは生きていけない人の生には、様々な味が詰まっているからだ。

 ただ、今日の人間の記憶の味を一言で表すならば、「甘い」が適切だろう。スイーツのように甘く、甘すぎて、甘ったるい。

 初めは苦しみの苦さに涙のような塩辛さが混じった、「甘い」とは

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ドルフィンネックレス

ドルフィンネックレス

ドルフィンネックレス

あいいろのうさぎ

 なぜ私は水族館にいるのか。

 そんなことを自問自答してしまうほど、この場を楽しめていない。まあ、「なぜ」なんていうのは簡単な話だ。これが学校行事で、参加しなければ欠席扱いになってしまうからである。楽しめていない理由も歴然としている。そもそも水族館に興味のない私はそれを楽しもうという気もない。同じ班のメンバーも遠足にワクワクしないタイプの人間で、言って

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