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また一緒に

また一緒に

あいいろのうさぎ

 私が作られたのは今から三十年ほど前のこと。いつからこんな風に「想い」を持つようになったかはわからない。ただ、私の記憶の一番最初にあるのは、あの子の寝顔。まだ言葉を話すのも覚束ない子が、寝言で「たーた」と言っていた。てっきりそれが自分の名前なのかと思ったけれど、それはあの子が両親を呼ぶ時に使う言葉なのだと後々分かった。

 私の名前が分かったのは翌日。どうやら「なーちゃん」らしい。自分で身体を動かせない私は、あの子のされるがまま。上に投げられたり、あの子と一緒にグルグル回ったり、腕だけ持たれた状態で振り回されたり、視界が目まぐるしく動くものだから、一緒に遊ぶのが少し怖かった。

 けれど、あの子は少しずつ成長していって、私のことを可愛がってくれるようになった。頭を撫でられたり、おままごとに参加させてくれたり、私のために折り紙で飾りを作ってくれたりした。

 あの子に与えられた数々のおもちゃの中で、私が一番可愛がられているという自信があった。毎日あの子と一緒に過ごして、あの子の笑顔をずっと見ていた。

 でも、そんな日々もずっとは続かなかった。

 あの子には「ともだち」が出来たらしくて、あの子は「ともだち」が貸してくれるおもちゃに夢中になった。そのうち私は部屋の置物になって、埃をかぶって、他のおもちゃ達と同じようにあの子を眺めているだけになった。あの子が私に視線を向けてくれなくなってから、「想い」を保つのが難しくなっていた。だんだん意識のない時間が増えていって、途切れ途切れの記憶の中で、それでもあの子が少しずつ大きくなる様子を見ていた。

 久しぶりに私をあの子が抱き上げてくれた時、あの子は随分大人になっていた。それに、部屋が綺麗になっている。綺麗、というより物がない。代わりに段ボールや紙袋が積まれていて、私以外のおもちゃ達の姿もない。

 あぁ、別れの時が来ようとしているんだ、と何故か察した。目の前で悩まし気な顔をするあの子は、私を捨てるかどうかで最後まで悩んでくれているのだと。結局あの子は私を箱の中に入れて封をした。視界が真っ暗になった途端、意識を失った。


 次に目を覚ました時、私の目の前には赤ちゃんがいた。何が起こったのか分からなくてしばらく考えを巡らせた。私は捨てられたはず。それならなんで意識があるのだろうか。まさか私にまで死後の世界があるのか。

 けれどそんな予想は外れていた。

「ちゃんと寝てるね」

 部屋の外からあの子の声がした。

 私の一番最初の記憶と、目の前の赤ちゃんを照らし合わせて、全て理解した私は、涙腺なんてないのに泣きそうになった。


あとがき

 目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 「また一緒に」は「おもちゃ」をお題にしたお話です。おもちゃには「懐かしい」「時代を映す」という印象があったので、おもちゃ自身に昔を懐かしんでもらいました。お楽しみいただけていれば幸いです。

 またお目にかかれることを願っています。




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