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マーガレットは密やかに

マーガレットは密やかに

あいいろのうさぎ

 あなたはいつもキツ過ぎる香水の匂いを漂わせていた。

 あなたは煙草の匂いを香水で隠そうとしていて、煙草臭いよりはマシだったけど、鼻につくその香りは好ましいとは言えない。一度はそれとなく別の香水を提案したこともあったけれど、あなたは頑なに自分の匂いを変えなかったし、煙草も吸い続けた。

 あなたはとても頑固だった。

 私が掃除をしても料理をしても何も言わなくて、ちょっと大きな買い物をする時さえ何も言わずに、急にテレビとか買ってきて、喧嘩になることが何度もあった。

 そんなところに呆れ果てていた。

 無口で、散らかし魔で、家事に協力してくれなくて、ずっとテレビばかり見ている。

 そうやって、私には何も言ってくれなかった。

 何も言わないまま、私を残していってしまった。

 信じられなかった。いつも通りに寝ているようにしか見えなかった。でも、触れた途端、あなたがもうこの世にいないんだって、はっきりと分かった。

 もうあれから随分経つ。

 今だからこそ思う。どうしてもっと素直になってくれなかったの、と。私がそうであるように、きっとあなたも後悔しているはず。共に生きる中で次第に減っていった会話。どうしてもっと話しておかなかったんだろう、と後悔しているに決まっている。そうであってほしい。伝えてほしかったことも、伝えたかったことも、まるで言葉にはなっていない。共に生きていないと会話は出来ないって、そんな当たり前のことにどうして気づかなかったんだろう。

 無口で、散らかし魔で、家事に協力してくれなくて、ずっとテレビばかり見ていた。

 言外の優しさで家族を包み込んで、家族のために仕事に打ち込むものだから、逆に家族との時間は取れなくなって、そんな不器用さを払拭したくて娘たちの話題についていくためにテレビばかり見ていた。

 本当は全部分かっていたの。

 サプライズが下手なだけで、お礼とか褒め言葉を言うのが苦手で、煙草を吸っているのがカッコいい、なんてずっと昔の私が言ったことを忘れられなくて、キツ過ぎる香水は若い頃の私が使っていたのを真似してたってこと。

 それなのに、私は強欲ね。もっともっと、たくさんのものを求めてしまった。

 一緒にいるだけで、幸せだったのに。

 今日も私は、キツ過ぎるあなたの香水をつける。あなたはずっとこの匂いだったから、ふわりと香る度に思い出が蘇る。いつかあなたの匂いに包まれて、あなたの隣に戻るから。

 だから、待っててね。


あとがき

 目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 この「マーガレットは密やかに」は「香水」というお題のもと書き進めた作品です。私は「香水」と言われるとどうしても別れのイメージが強く、今回もこのような作品になりました。お楽しみいただけていれば幸いです。

 またお目にかかれることを願っています。




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