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ドルフィンネックレス

ドルフィンネックレス

あいいろのうさぎ

 なぜ私は水族館にいるのか。

 そんなことを自問自答してしまうほど、この場を楽しめていない。まあ、「なぜ」なんていうのは簡単な話だ。これが学校行事で、参加しなければ欠席扱いになってしまうからである。楽しめていない理由も歴然としている。そもそも水族館に興味のない私はそれを楽しもうという気もない。同じ班のメンバーも遠足にワクワクしないタイプの人間で、言ってしまえば教室に居づらい人たちの寄せ集めだ。無駄にテンションの高いグループに放り込まれるよりはマシだったけど、『楽しむ』という気持ちは出てきそうにない。

 入口からすぐの大水槽の前でぼーっとイワシの群れを見ていても、それを見上げてはしゃぐ子供の気持ちは分かりそうになかった。

「あの、白石さん」

 突然話しかけられて少し驚く。クラスメイトに名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。

「あ、ごめん。話しかけちゃダメだったかな」

 下を向いて申し訳なさそうな彼女。名前は……確か、森口さん。基本的に人に興味のない私はクラスメイトの顔と名前を一致させているかさえ危ういけれど、班分けの時に用紙に記入していた名前が、確かそれだった気がする。

「ダメなことはないけど、どうしたの?」

 純粋に疑問だった。ありとあらゆる自由時間の中で誰にも声をかけられたことのない私は(多分)森口さんの登場に自分で思っているよりもびっくりしている。

「え、えっとね、あの……イルカショー、見たいなって……でも一人で見に行くのは、あれかなって。だから、できれば、一緒に来てくれないかな……?」

 二回目の驚き。まさかうちの班に純粋に水族館を楽しもうとしている人がいたなんて。

「あっ……ダメ、かな」

「いや、ダメじゃないよ。行くなら行こう」

 そう言った途端に(きっと)森口さんはパッと顔を輝かせて「ありがとう!」と言う。眩しい。うちのクラスにこんな笑顔ができる子いたんだ。

 イルカショーの会場に着いてからも、その笑顔の輝かしさは変わらなくて、前座として出てきたペンギンたちがとことこ歩くだけで隣から「可愛い~!」と声が聞こえる。話しかけられた時には大人しい子なのかと思ったけど、案外テンションが高い。

 イルカがジャンプする度に「きゃあ!」とはしゃぐ(恐らく)森口さん。あまりに楽しそうでこっちまで頬が緩む。ついさっきまで大水槽の前ではしゃぐ子供の気持ちが分からなかったけど、今はこんな風に過ごすのも悪くないな、と思える。

 実はこの後、学校では基本的に彼女と過ごすことになり、卒業後も交流を持つ親友になるのだけど、この時の私は知る由もない。


あとがき

 目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 「水族館」がお題の「ドルフィンネックレス」という作品でしたが、作者は題名がお気に入りです。ドルフィンネックレスという植物があって、その花言葉は「青春の思い出」だそうです。ピッタリだ! と思ってタイトルにしました。出てくるキャラクターも好きな子たちなのでお気に入りの作品です。みなさんにも楽しんでいただけていれば幸いです。

 またお目にかかれることを願っています。




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