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砂漠の薔薇

砂漠の薔薇

あいいろのうさぎ

「君は酷くドライだよね。まるで砂漠みたいだ。どこを探しても花の一つだって咲いていない」

 その言葉を彼氏だった男から聞いた時は『随分と詩的な表現をするな』などと思った。それは面と向かって放たれた彼からの非難だったけれど、その時は傷つくでもなく、後の別れ話に追いすがるでもなく、『あなたが嫌なら別れましょう』と答えた私は、やっぱりドライなのかもしれない。

「いや、それはその男が悪いわ。そんなことは本人の目の前でもどこでも言っちゃダメでしょ」

 焼き鳥が刺さっていた串をこちらに向けながら葵はそう言った。

「まあ確かにあんたは愛想もないし、いつでも正論パンチを繰り出すような女だけどさ、花の一つだって咲いてないは言い過ぎ」

「……今、よほど酷いことを言われたような気がするんだけど」

「ほら、あんたにだって感情はあるよ」

 確かめ方があまりにも乱暴ではないだろうか。それでも不満と共に少し安心してしまった自分が悔しい。

 小さい頃からそうだった。

 葵は近所に住む二つ上のお姉さんで、私のことを可愛がってくれた。私は物事を感情的に捉えることが苦手で、事実でしか考えられないから、『正論パンチ』とやらを繰り出して同い年の子を泣かせることが多々あった。そんな時に葵はどこからともなく現れてその場を仲裁してくれた。私を怖がって同い年の子が離れていく中、葵だけが側にいてくれた。

 だから、今もこうして葵のことを頼ってしまう。

「なに、随分落ち込んでるじゃないの」

 葵はほとんど表情が変わっていないはずの私の感情が読める数少ない人だ。多少なりあんなことを言われて別れてしまったのがショックな私のことを分かってくれたのだろう。

「良いこと教えてあげよう。デザートローズって知ってる?」

 こんな話をしてくれた。

「そのまんま砂漠の薔薇ってことなんだけどさ。じゃあ砂漠の薔薇って何? って言うと、砂漠の中で発見される石のことなんだって。本当に薔薇の形してるらしいよ」

 きょとんとしている私を見て「あんたは本当に察しが悪いわね」とため息を吐く葵。

「あんたの心が砂漠だったとしても、その中で確かに育ってるものがあるってことよ。小さい頃に比べたら本当、随分成長したんだから。あんたはあんたのペースでいいの」

 成長している実感は正直ないけど、葵がそう言ってくれるならきっとそうなのだろう。

 どうも私は少し微笑んだ、らしい。

「マシな顔になった」

 葵はそう言って焼き鳥を頬張った。


あとがき

 目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 この作品は「砂漠」というお題をもとに書き上げました。どんな作品にしようか悩みましたが、「砂漠みたいな人」ってどんな人だろう、と思っていたらこうなりました。お楽しみいただけていれば幸いです。

 またお目にかかれることを願っています。




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