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オリジナル小説│端役の徒然 5 推しと街

久しぶりに旅をした。
日々に疲れ、仕事のことを忘れたかった。

仕事終わりそのまま電車に飛び乗り、予め買っておいた自由席の切符を改札に通す。

数年ぶりに乗る新幹線は、ガラガラだったあの頃と比べると、だいぶ乗客が戻ってきているような気がする。

都会の駅に停まる度、徐々に座席が埋まってくる。目的地に到着する前には、殆ど空席がなかった。

唯一と言っていいほど、遠い田舎から乗る利点は自由席に座れること、かな。

何年も、恋い焦がれたこの大都市に降り立つと、もう夜もふけた頃なのに未だに明るく輝いており、そしてそこを沢山の人が行き交っていて

─ついに、来た

そう、実感した。


久しぶりすぎるこの場所が楽しすぎて、少しだけ呑んだはずのアルコールがまわってくる。少しフワフワしてきた。

そのままホテルに戻るなんて勿体ない気がして、私はとある電車に飛び乗った。

車内にある程度いた乗客も、目的地につく頃にはほとんどいなくなっていた。

さっきまでいたはずの都心から30分もかからないその場所だが、駅は馴染み深いシンプルな作りで、駅からすぐ外に出られる落ち着いたベッドタウンだ。

そしてそこは、推しの、出身地だ。

ストレスにさらされて、毎日しんどい、辞めたいと思っていた時に推しと出会った。学生時代、クラスメイト達がキャーキャー言ってハマっていた〝アイドル〟というものに、まさか大人になってハマるなんて、思ってもみなかった。

頻繁に更新されるSNSや動画サイトを見漁り、テレビやネット配信のものまで、見れるものは見た。恋とは少し違うけれど、心がときめいて、生きる活力が湧いてくる。

仕事をやめたいと思っているのは変わらないけれど、少しだけ、まだ働いてやってもいいかな、なんて思っていたり。少しだけ気がラクになった気がする。推しのおかげ。

推しは地元のことを『田舎だから』とかって言うけれど、たくさんのマンションが並び、所々に小さめの商業施設があり、私としては都会だと思う。

公園も多く、都心と違い人は多くなく、すごく住みやすそう。都心までも遠すぎず、正直言って私も住みたい。

でもね、適当に歩きながら通る綺麗なマンションの家賃は私の月給を遥かに超えるだろうし、今の稼ぎでは都会にほど近い場所には住めないのだと、痛く感じる。
はぁ、泣きそう。

推しが歩いたかもしれない道を歩き、推しが遊んだかもしれない公園へ。そしてそこで推しが行ったかもしれないコンビニで買ったミネラルウォーターを飲む。冷たい液体が体の中を通るこの感覚が気持ち良い。

静かで、空気が綺麗で、空もキレイ。程よく海の香もして、なんだかもう、私もこのあたりで生まれ育っていたらなぁなんて、無理なことを考えてみる。

あわよくば、と考えていたが結局そんな都合の良い事は起きず、また私は画面の中の推しを生きる糧にしながらこの場所から遠く離れた何も無い田舎で、楽しくもない毎日を送る。都心から数十分どころか、何時間も離れた私の地元で。


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