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架空紀行

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旅についてのあることないことを、思い出したり思いついたりする限りに書いていく、まことしやかな旅の思い出です。
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#連作短編

第13話 手のひらの竜

第13話 手のひらの竜

 ひとり旅をしていると、たまには怖いこともある。
 たとえば夜道、見知らぬ街角にスーツケースを転がす音だけが響き渡っているときなんか、この音が刃物を持った誰かを呼び寄せちゃうかも知れないと思うと怖い。土地勘のなさから迷い込んだ路地裏に、不審な注射器が落ちていたり、極端な薄着をした女性が高いヒールの上で立ち尽くしていたりすると、その後ろにいる危険な存在が透けて見えて怖い。ひとりでチェックインしたホテ

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第12話 天幕の街

第12話 天幕の街

 季節性の体調不良ってありがちだよね。花粉とか黄砂とかのアレルギーは、社会問題でもあり、環境問題でもあり。暑いとダメな人もいれば、寒いとダメな人もいて、もう年中無休で誰かが体調不良。私はといえば、寒暖の差が激しい時期になると、蕁麻疹が出ちゃう。
 私のある友人は、梅雨になると酷い頭痛が起きるのが悩みだった。ほんとに酷い、起き上がれなくなるような頭痛なんだって。生活もままならないでしょ、そんなの。だ

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第11話 異邦人の食卓

第11話 異邦人の食卓

 日本から来た私と中国から来た友人は、姉妹と間違われるくらいに似ていたのか、それともあの国の人達にはアジア人の顔の違いが分からなかったのか、とにかく一緒に歩いていると、道行く人から「なんでこの子たちは自分たちの言葉で話さないんだろう」って不思議そうな顔をされたものだった。
 勉強中の第三言語では足りないところがあっても、漢字を書けばそれなりに分かり合うことができたのがよかった。私たちはどちらも英語

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第10話 曲線的な街

第10話 曲線的な街

 細い道が絡まり合ってできたような街を、迷宮都市なんて呼ぶよね。わざわざ遠くからやって来て、門を破るなり城壁を登るなりして、血を流して戦ってまで侵入してくる敵がいて、彼らを追い込んで、袋叩きにすることを考えて、街づくりの時点から備えていなきゃいけないっていうことは、奪われそうな価値のあるものがあったりだとか、死守したくなるような要衝に位置したりだとか、それなりの理由があるわけで、私が気に入って長逗

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第9話 大沢の街 御茶清水

第9話 大沢の街 御茶清水

 水のきれいな田舎町に住んでたことがあるって、ちょっと前に話したことあったよね。蛍の飛ぶ底なしの池のお話。
 私、基本的にシティガールだからさ。あの街に移り住むまで、歩いて行けるところで蛍を見られる生活があるなんて、想像したこともなかったの。だからさ、地元の子に大興奮で報告したのね。そしたらみんな大笑いするんだもん、むっとしちゃった。蛍の一匹や二匹でどうしたのって。私にしてみたら、奇跡が起きたみた

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第8話 ツバメの窓

第8話 ツバメの窓

 ちょっとしたことだけど、どうしても気になることがあって、調べものをしに行っただけの街だったから、あんまり期待するところも観光する気もなかったんだよね。二泊三日で図書館に缶詰めになりに行ったんだもん、楽しくなさそうでしょ。
 小さな街だった。景観保護区になってる旧市街地があって――それだけ。新市街地もないのに旧市街地だけ。数室しかないホテルが用意してくれたのは、崖に面した見晴らしのいい窓がある部屋

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第7話 大理石の街

第7話 大理石の街

 石造りの街だなんて珍しくもないけれど、大理石の街ともなると気持ちが浮ついちゃうよね。
 大理石っていうと、まずは白亜を思い出すのかな。それとも墨流しをしたみたいな模様の入った、いわゆるマーブルの方が先なのかな。
 私のお気に入りの街はね、薔薇色の大理石だった。
 その街にほど近いところにある石切場で、そういう色の大理石が採れるっていうだけの理由なんだけどね。でも美しかった。あの石で街を造りたい人

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第6話 大沢の街 底なし池

第6話 大沢の街 底なし池

 水の匂いがする日は、子どもの頃にしばらく住んでた街のことを思い出しちゃうんだよね。
 それなりに有名な暴れ川のほとりにある街だった。急峻な山を駆け下りてきた水が、くり返し溢れたことでできた扇状地のなかにあったんだって。社会科の授業でそう習ったんだけど、私は地図が苦手だったから、先生の作ってくれたプリントで扇形に広がってた街のカタチを覚えただけで、身体で理解できたわけじゃなかった。きっと車で走り回

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第5話 羊の街

第5話 羊の街

 犬は人間の友だちだっていうけれど、あの街では羊が親友だった。私がホームステイでお世話になったお宅で飼われてたのも、もちろん羊だった。空港の到着ロビーまで迎えに来てくれた、まだ名前の発音も覚束ないようなホストマザーの後ろをさ、ベージュの巻き毛のなかに真っ黒い顔が突き出した羊が、とことこ追いかけて来ててね。そりゃ予備知識としては知っていたことだけど、でも異様だなって思っちゃったよね。そのあたりで見か

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第4話 靴の街

第4話 靴の街

 形見分けでね、祖母の靴をもらったのよ。若い時に履いてた靴だっていうお話だったんだけど、それにしてはキレイなままで、試しに足を入れてみると、息を呑んじゃうくらい柔らかくて軽くてさ。自然と足が遠くに出ちゃうくらい歩きやすいの。ものすごく淡い水色の素材でできてるんだけど、その正体が分からなくってね。いいものだって聞いていたし、さすがの高級感もあったから、なんとかして手入れの方法を探さなきゃって、焦りみ

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第2話 古い街

第2話 古い街

 友だちが夫婦が新婚旅行でイギリスに行ったんだけどさ、旅先で喧嘩したらしいの。ありがちだよね。旦那さん、拗ねちゃって。ホテルから出たくないって、いい歳こいてダダを捏ねるもんだから、友だちは面倒くさくなっちゃって、じゃあ一人で遊んでくるからって港に行ったんだって。そしたら、ちょうどアヴァロン行の船が出るところだっていうから、これが乗りかかった船かなんて思って、飛び乗ったんだって。
 肝心のアヴァロン

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