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読書熊録

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素敵な本に出会って得た学び、喜びを文章にまとめています
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2023年5月の記事一覧

耕運機は畑に、スーパーカーは高速道路にーミニ読書感想『発達障害という才能』(岩波明さん)

耕運機は畑に、スーパーカーは高速道路にーミニ読書感想『発達障害という才能』(岩波明さん)

精神科医・岩波明さんの『発達障害という才能』(SB新書、2021年11月15日初版)が学びになりました。オードリー・タン氏、三木谷浩史、ニトリの似鳥昭雄氏など、現代の傑出人の発達障害的特性を分析し、その特性をどのように活かして「才能化」しているか分析している本です。

「発達障害者は天才だ」と賛美する本ではありません。そうではなくて、特性の活かし方、「異能」である人と共に生きる社会をどうつくるかを

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読むことは光になるーミニ読書感想『くもをさがす』(西加奈子さん)

読むことは光になるーミニ読書感想『くもをさがす』(西加奈子さん)

作家・西加奈子さんがカナダで乳がんを治療した体験を綴った『くもをさがす』(河出書房新社、2023年4月30日初版)が心に残りました。大切な一冊になりました。

本書は小さなランプに似ている。それ一つで暗闇を消し去る力はないけれど、困難と共に歩く時、本書は目の前を照らしてくれる。次に踏み出す一歩の置き場を示してくれる。そして、苦労を背負いながら私たちはまた歩いていける。

読むことは光になる。それを

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不器用な神様が必要だーミニ読書感想『海の仙人・雉始雊』(絲山秋子さん)

不器用な神様が必要だーミニ読書感想『海の仙人・雉始雊』(絲山秋子さん)

絲山秋子さんの『海の仙人・雉始雊』(河出文庫、2023年2月20日初版)が心に沁みました。優しい感動が広がる。宝くじに当たり、敦賀の海辺の町で静かに暮らす男の元に「ファンタジー」という特に何も役に立たない神様が居候をしに来る、という話。波音にただ耳を澄ませるように、静かに静かに、物語が進んでいく。

ファンタジーという神様は不思議です。見える人にしか見えず、見える人は初対面にも関わらず「あなたがフ

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療育と『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね。』(吉川浩満さん・山本貴光さん)

療育と『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね。』(吉川浩満さん・山本貴光さん)

文筆家の吉川浩満さん&山本貴光さんによる『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね。』(2020年3月14日初版、筑摩書房)を再読しました。やはり、これは名著。善く生きるための羅針盤になる。

1度目に読んだ時は、エピクテトスの「権内と権外を腑分けする」という哲学の要点に心を惹かれました。そのこころを「風を憂うより船上を楽しむ」とい言い換えて、自らの学びにしました。

当時はこんなパートに心を惹かれ

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親を楽にする「仮の理解」という方法ーミニ読書感想『「発達障害」だけで子どもを見ないでその子の「不可解」を理解する』(田中康雄さん)

親を楽にする「仮の理解」という方法ーミニ読書感想『「発達障害」だけで子どもを見ないでその子の「不可解」を理解する』(田中康雄さん)

児童精神科医・田中康雄さんの『「発達障害」だけで子どもを見ないでその子の「不可解」を理解する』(SB新書、2019年12月15日初版)が勉強になりました。タイトルは少し長いですが、大切な願いが込められている。

それは、診断にこだわらず、その子の気持ちや特性を尊重する「仮の理解」を試みること。この仮の理解という考え方は、発達障害のある(あるいは可能性がある)子の親をとても楽にします。

著者の言う

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身体は意識の占有物ではないーミニ読書感想『体はゆく』(伊藤亜紗さん)

身体は意識の占有物ではないーミニ読書感想『体はゆく』(伊藤亜紗さん)

美学者・伊藤亜紗さんの『体はゆく』(文藝春秋、2022年11月30日初版)が目から鱗の連続でした。副題は『できるを科学する〈テクノロジー×身体〉』。さまざま研究者へのインタビューから「できる」体験を解剖し、その意外性を読者に提示してくれます。

その驚きを一言にまとめると、「身体はときに意識を越えていくんだ」。身体は意識の占有物ではなく、意識を置き去りにし、踏み越えていく存在なのだと知る。帯にある

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日常に散らばっていた物語ーミニ読書感想『わたしのいるところ』(ジュンパ・ラヒリさん)

日常に散らばっていた物語ーミニ読書感想『わたしのいるところ』(ジュンパ・ラヒリさん)

ジュンパ・ラヒリさんの『わたしのいるところ』(中嶋浩郎さん訳、新潮社クレストブック、2019年8月25日初版)が心に残りました。米国のインド系移民である著者が、イタリア・ローマで生活していた頃の経験からイタリア語で書いた本書。登場人物の誰にも、舞台のどこにも固有名詞がないという変わった物語でした。

「歩道で」「彼の家で」などなど「私のいるところ」について書かれた46の短い掌編が連なる。それは、日

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価値観の定食メニュー化を超えてーミニ読書感想『ネット右翼になった父』(鈴木大介さん)

価値観の定食メニュー化を超えてーミニ読書感想『ネット右翼になった父』(鈴木大介さん)

ルポライター鈴木大介さんの『ネット右翼になった父』(講談社現代新書、2023年1月20日初版)が面白かったです。タイトル通り、闘病の末に亡くなった父の言動が「ネット右翼」になったと感じた息子の著者が、その「変節」の理由を探る物語。しかし、検証すればするほど、「本当に父はネット右翼だったのだろうか?」という疑問と向き合うことになる。本書はネット右翼になった父を断罪するのでも擁護するのでもない。むしろ

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発達障害のある我が子をより愛するために読む

発達障害のある我が子をより愛するために読む

「発達障害のある我が子をより愛するために読む」というタイトルのマガジン(読書感想を束ねた自選集)を新たに作成しました。これまでアップした6冊を収容しています。これからどんどん追加していきたいと思います。

今年に入り、自分の子に発達障害がある(可能性が高い)ことが分かりました。最初は妻ともども、途方に暮れました。今振り返れば過剰なくらい、先行きを悲観しました。定型発達(発達に凸凹があるのに対比した

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淀みが居場所をつくるーミニ読書感想『泡』(松家仁之さん)

淀みが居場所をつくるーミニ読書感想『泡』(松家仁之さん)

松家仁之さんの青春小説『泡』(集英社、2021年4月10日初版)が優しく胸に沁みた。不登校になった高校生が、海辺の街で変わり者の叔父が経営するジャズ喫茶に転がり込む話。その店の静かな日常が、それこそジャズのように流れていく。

そのジャズ喫茶は、いわゆるサードプレイスなのだけれど、サードプレイスというキリッとした言葉とは少し外れる。それは淀み。社会から「外れ者」というべき存在が、生きていくためにつ

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