マガジンのカバー画像

読書熊録

351
素敵な本に出会って得た学び、喜びを文章にまとめています
運営しているクリエイター

2021年4月の記事一覧

サラ金を定点観測すると社会が見えるー読書感想「サラ金の歴史」(小島庸平さん)

サラ金の歴史書とは聞いたことがない。しかしこれがとにかく面白かったです。1982年生まれの若い研究者・小島庸平さんの「サラ金の歴史 消費者金融と日本社会」。源流が「素人高利貸し」だったこと。融資の対象に見られていなかった庶民を「包摂」しつつ、返済に苦しむ数多くの人を生んだという光と闇を、小島さんはバランス感覚を持って見つめている。包摂するための金融技術に目を向けているのも大きな特徴です。へ〜とうな

もっとみる

わたしたちだけの幸福論ー読書感想「ふたりぐらし」(桜木紫乃さん)

家族に正解なんてないと言うけれど、模範解答ばかりが目についてしまう。桜木紫乃さんの小説「ふたりぐらし」は、優しいけれど力強く、こたえは自分たちで見つけていけばいいんじゃないかと語り掛けてくれた。

(新潮文庫、2021年3月1日初版)

うまく説明できない幸せ主人公は結婚したばかりの夫婦。夫は映写技師(映画のフィルムを回す裏方)だけれど、フィルム映画下火の昨今はほとんど仕事がない。だけど、脚本家の

もっとみる
「賢い」が「正しい」を食い潰すー読書感想「実力も運のうち 能力主義は正義か?」(マイケル・サンデルさん)

「賢い」が「正しい」を食い潰すー読書感想「実力も運のうち 能力主義は正義か?」(マイケル・サンデルさん)

いまの社会は何かがおかしいのではないかという違和感を、クリアに言語化してくれる本でした。マイケル・サンデルさんの新著「実力も運のうち 能力主義は正義か?」。タイトルが素晴らしい。普通は「運も実力のうち」と考えるところを、いやいや実際は「実力も運のうち」なんですよと説くのが本書のポイントです。サンデルさんが問題視するのは「能力主義(メリトクラシー)」。運も自分の実力(=能力)と考えてしまうような能力

もっとみる
噛むたびに味が違うー読書感想「クララとお日さま」(カズオ・イシグロさん)

噛むたびに味が違うー読書感想「クララとお日さま」(カズオ・イシグロさん)

子どもでも読めそうなくらい平易な言葉で書かれているのに、どうしてここまで奥行きのある物語を紡ぎ出せるのだろう。カズオ・イシグロさんの最新小説「クララとお日さま」。語り手は「AF(人工親友)」と呼ばれる、ロボットの少女で、語り口はとてもやさしい。しかし、だんだんと見えてく世界には、遺伝子操作、格差社会、人間の分断、果てのないロボット利用、信仰などなど、私たちの未来社会に起こりうる様々な問題が詰め込ま

もっとみる
VALUE BOOKSさんで素敵な売却体験をした

VALUE BOOKSさんで素敵な売却体験をした

本棚から本が溢れそうになってしまったので、どうしても処分をしなければならない。そこで今回は「VALUE BOOKS」さんを利用したのだけれど、素敵な体験になりました。本当に本を大切にしようとする気持ちが伝わってきました。

私たちはなぜ本を売るのか本棚が足りないから。多くの本読みは、読んだ本、読みたい本が棚に積み重なってスペースがなくなってしまう。だから売らざるを得ない。本を売りたくて売りたいわけ

もっとみる
掘り出し本ー読書感想「あなたに不利な証拠として」(ローリー・リン・ドラモンドさん)

掘り出し本ー読書感想「あなたに不利な証拠として」(ローリー・リン・ドラモンドさん)

普通なら出会わなかった本だと思う。

感染拡大がまだ踊り場段階だったとき、街の大型書店に足を運んだ。そこでロングセラーとして一押しされていたのが本書「あなたに不利な証拠として」(ローリー・リン・ドラモンドさん、駒月雅子さん訳、ハヤカワ文庫)だった。

初版刊行は2008年3月15日。収録作が05年のアメリカ探偵作家クラブ賞最優秀短編賞を受賞したらしい。解説では池上冬樹さんが激賞。かなりの話題作だっ

もっとみる
本当に多様であるためにー読書感想「正欲」(朝井リョウさん)

本当に多様であるためにー読書感想「正欲」(朝井リョウさん)

恐ろしい小説だった。

朝井リョウさんの作品を読み終えると、必ず心がチクッとしてきた。それが今回は、ナイフを何本も突き立てられるように、痛む。

何回も突き立てるように、でもいい。本書「正欲」は、読者の価値観を斬りつけることをやめてはくれない。「その辺で勘弁してくれよ」と思っても、何度も何度も、自分がぬくぬくとしている安全圏が揺さぶられる。

だから本当に、恐ろしい小説だ。

内容について紹介でき

もっとみる
はしっこでもたしかに生きるー読書感想「片隅の人たち」(常盤新平さん)

はしっこでもたしかに生きるー読書感想「片隅の人たち」(常盤新平さん)

陽だまりのような小説でした。常盤新平さん「片隅の人たち」。戦後十数年、東京の街。まだ海外ハードボイルドやSFの黎明期だったこの頃、翻訳家として細々と生きる主人公と、周辺の人々を活写している。その日々は決して輝かしくはないけれど、穏やかで、気持ちがいい。この世界の空気を吸い込むとほっと一息がつけ、目の前の生活が少し生きやすくなる。登場人物たちはみな、社会のはしっこに生きている。でも、たしかに生きてい

もっとみる