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#小説
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第57話-夏が来る〜裕と瑞穂
5月も終わろうかという時期になると、昼間はすでに暑い。しかし夕暮れからは激しく気温が落ちて、今はとても涼しかった。
貴志の家で定期的に勉強会をしよう。そう決めた帰り道、裕は瑞穂と並んで歩いていた。
好きな人を家まで送り届ける役目は誇らしく、そしてどうしようもなく切ない。
「なあ瑞穂。気持ちは固まったのか?」
修学旅行を終えてから、瑞穂の貴志に対する態度が変わった。だから裕はすでに気づいて
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第52話-春、修学旅行3日目〜紗霧の朝
朝風呂は6時から入れるらしい。修学旅行の間、紗霧の朝は風呂の解禁とともに始まっていた。
割り当てられた風呂の時間に入浴しない旨は、教師たちに事前に報告してある。同級生たちに体を見られないようにするためだった。
湯船に体を沈める。周りに人がいないため、眼鏡を外して素顔をさらすことへの恐怖心は薄れていた。元々彼女の視力は悪くない。むしろ眼鏡は邪魔なくらいだ。
幼さは抜けていて、気品があるの
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第51話-春、修学旅行3日目〜男子部屋の朝
朝が来た。目覚めは良いとは言えなかった。標高800メートルの河口湖で夜風に当たり、すっかり湯冷めした体が悲鳴を上げている。加えて和室の薄い布団に裕の寝相の悪さ。
貴志は目を覚ますと腹部の重みに身をよじった。裕がなぜか自分と交差するようにうつ伏せで寝ていて、二人で十字を形作っていた。
「裕…頼むから人の腹の上で寝るのは止めてくれ」
ごもっともな意見だ。叩き起こされた裕が貴志にあくび混じりの謝罪
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第50話-春、修学旅行3日目〜女子部屋の朝
眠い…。河口湖の水面に昇る朝日を眺めながら、瑞穂は両目をこすっていた。まるで猫のようなその仕草だけを見ると、男子たちは、あまりのかわいらしさに魅了されていたことだろう。あいにくここは女子部屋で、男子はいない。
そして瑞穂は2日間に渡る睡眠不足で驚くほどやつれた顔をしていた。目は腫れ、大きなクマができている。
「ふわあああ!」
大きな欠伸とともに大きく伸びをする。
瑞穂のあくびの声に刺激さ
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第47話-春、修学旅行2日目〜理美③
貴志の涼し気な笑顔を見たのは、いつぶりだろう。無理して作っている表情なのは、潤んだ目元が教えてくれている。
貴志の表情が消えて、激しい憎悪の目線を向けられ、しばらく無言の時間がやってきた。髪を振り乱し、頭を抱えた貴志の声にならない悲鳴は、しかし耳に、心に確かに聞こえていた。
思えば貴志が取り乱す姿なんて、ほとんど見たことがなかった。坂木紗霧を傷つけた。それ以外の理由で貴志が、我を忘れる程怒
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第44話-春、修学旅行2日目〜紗霧②
修学旅行2日目の夜。宿の和室で修学旅行生達が騒いでいる。紗霧は一人、広縁で外を眺めていた。星も見えなくはないが、和室からの明りが邪魔をしている。炭酸水を口に含んで、テーブルに横たわるスマートフォンを眺める。貴志からのメッセージはまだ開いてもいない。
星が見たいなあ。夜空いっぱいに広がる星が見たい。
外は怖くて出られない。貴志が横にいてくれれば出られるだろうか?それはもう叶わない事なのだけれど
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第42話-春、修学旅行2日目〜瑞穂①
奥河口湖の湖畔に今宵の宿がひっそりと佇んでいる。近くにはコンビニすら見えない。だけど夕日に染まった河口湖はとても美しかった。残念なのは、宿から富士山が見えないことくらいか。
和洋室の部屋に、男女分かれて二班ずつの6人構成で振り分けられ、生徒たちは一息つく時間を得た。
洋室のベッドは二つ。和室に6人分の布団が敷かれる予定だった。
「ベッドの取り合いで部屋を壊されたら大変だもんね〜。中学生集まっ
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第41話-春、修学旅行2日目〜紗霧①
貴志と理美が、本栖湖湖畔で並んで富士山を眺めていた頃。紗霧もまた雄大な富士山を視界いっぱいに受け止めていた。
紗霧は今、芦ノ湖の湖畔にいる。奇しくも初恋の人と同刻、湖越しに同じ富士山を見る。その富士山を挟んで、二人は今、まさしく向かい合って立っていた。視界の先、富士山越しに見える空は、同じ空だろうか。
修学旅行2日目。初恋の人は、今どこにいるのかすら、知らない。もう偶然は起こり得ないだろう
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第40話-春、修学旅行2日目〜貴志①
本栖湖湖畔で富士山を眺める。湖の碧と、富士山の蒼と、空の青。透き通るような景色の中、心を静かに鎮めていく。徹夜明けの眠気から開放されて、心も景色と同じように晴れ渡っていた。
昨日会えなかった初恋の人。最愛の人。そして自分のせいで深く傷つけてしまった人。坂木紗霧を想う心。
会えるかもしれないと思った昨日、久しぶりに触れた気がした。紗霧に伝えたかった、自分自身の気持ちに。
俺は紗霧に会いたかっ
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第39話-春、修学旅行2日目〜旅は眠気と共に
修学旅行って、こんなにも怒涛の展開をするものだっけ?将来卒業アルバムを開いた時に、きっと彼らは1日目をそう言って振り返っただろう。
裕に訪れた二度目の恋は見事に散った。瑞穂に至っては初恋が霞んで消えた。
理美は頬を腫らして、貴志は消えた恋人とギリギリの一線で再会を果たせなかった。
中学生…?の修学旅行とは思えない展開で迎えた二日目。
貴志たちの班は、全員が必死に眠気と戦っていた。
「い
【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第38話-春、修学旅行1日目〜夜
みなとみらいに戻った如月中学校御一行様は、部屋割り表に従って、それぞれの部屋に分かれていった。今日一日の疲れを癒やす、スパが併設された宿だった。
楽しい思い出を重ねて、笑顔で喋り続ける者。無言で今日の思い出を噛みしめる者。
そしてお通夜のような雰囲気の貴志たち。
男女ともに3人ずつの6人グループ。宿は基本的に二人部屋。このホテルに6部屋しかないトリプルルームは激しい争奪戦になるかと思われた