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腹話術師の告白



影武者


さあ追い詰めたぞ。ここまできたらもう逃げられめえ。天下の弘忠様が、こんな山の藪の中で、名もない百姓に殺されるなんて、悔しいか?死ぬ前に教えといてやるよ。俺は松賀ノ原でも、霧ヶ谷でも、稲荷山の大合戦でも戦った男だ。これでも腕っぷしの強さと機転の速さと悪運の良さには自信があるんだ。やっと、やっと追い詰めたぞお前を…!お前、俺たちが必死で育てた米をあんなに大量にぶんどって、その代わりに一体何をしてくれたよ?俺の村ではもう食うものがなくなって、知り合いの百姓がばたばた死んだ。飢え死にだよ。伯父貴と兄貴は戦で死んだ。幼馴染もだ。かかあは乳が出なくなって、でも赤ん坊は腹空かせて毎日泣くから、仕方ねえから湿らせた布しゃぶらせてるんだ!いつまでも戦が絶えねえ上にこんな酷い飢饉続きじゃ、もう食っていけねえ。田んぼも畑もあれこれ考えて、いろんな方法を試してみたが、だめだ。お天道様のご機嫌次第で俺たちは死ぬんだ。もうどうしていいか分からねえ。こんな酷い暮らしを放置してる奴を殺るしかねえ。何?「俺は影武者だ」?「殺すな」?はは。ははは。おい、影武者、聞け、俺はな、「名前」を殺しにきたんだよ。お前が影武者で本当は何処ぞの誰だろうが、そんなことはどうでもいい。本人だろうが偽者だろうが、たとえお前が作り物の人形だろうがどうでもいい。第一、死んじまったらどれでも変わらねえ!俺はこの暮らしを変えるんだ。その為に、お前という名前を殺すんだよ!さあ首をよこせ!米をよこせ!食い物をよこせ!




腹話術師の告白


僕の分身だなんて事は思わなかったし、今も思わないよ。人形は人形であって、それ以上でも以下でもないから。でもこの人形と出会った時、僕にはありありと目に見えたんだ。流暢な言葉と動きで、素晴らしく僕を表現してくれるこの人形の様子が。だから僕はこの人形を手に入れ、そして猛練習を積んだ。長い時間を要したし難しかったけれど全然苦にならなかった。何故なら、君もよく知っている僕の長年の悩み。自分よりも自分が発する言葉の方が強いように感じてしまって、話途中でつい口をつぐんでしまう、僕の昔からのあの難儀な癖。それを解決出来る手立てになるかもしれないと思ったからだ。残念ながらこの悩みは人に話してもあまり理解を得られない。僕は、この言葉は僕が発してよい言葉かどうかって、言う直前に迷ってしまう時がよくあるんだ…なぜだろうね。でも、僕はついにこの人形を手に入れた。やり方はこうだよ。まず口を閉じて、自分の言葉を腹の中に収める。すると不思議なことに、人形が自由自在に話をし始める。僕の言いたいことを僕が思う最高の形で、時には僕の意図しない事すらもペラペラと。僕にはこの人形が必要だったらしい。自信を付けた僕は、観客の前でその芸を披露した。すると、人形の話す言葉や動きが完全に聴衆の心を掴んだ。僕は人形と一緒ならすらすら話せる、それどころか歌も歌えるしダンスも踊れる、ちょっとした手品や漫談も出来る。さらに芸を磨いて舞台に立ったら、お客さんは一層喜んでくれて、拍手もしてくれてお金までくれた。僕はこうやって生きていけると思った。やっと自分と言葉の間に繋がりが見えた感覚だった。実はね、君に白状すると、僕は心の奥にあるものと直面するのが怖くて、それが些細なきっかけで思いがけなく目を覚まして表層に現れた時、何を言ってしまうか分からないんだ。そして僕はいつか人形がそれを言ってしまうかもしれないと思っている。でも、それならそれでもいいんじゃないだろうか。人形の言った事はエンタテインメントになるからね。僕には何の責任も無いよ。むしろ観客がそれを言わせるんだ。観客は、人形があんな事を言ってるまったくしょうがないねって笑えばいいんだ。だからこんなにお客さんが観に来るんだと思うよ。罪の無い代弁者はいつも重宝されるよ。それに、舞台に立っていると、たまにあの事を言え、言ってしまえっていう観客の心の声が聞こえてくるんだよ。期待の視線もひしひしと感じる。舞台というのはそういう感情が行き来する場所だよ。最近思うんだけれど、僕という人間は今実際には死んでいるのかも知れない。でも、それでも別に構わない。結局僕は僕ひとりではうまくバランスが取れない人間だ。人形の力を借りないと動けないし、表現出来ない弱い人間。でも、弱いことは良くないことだろうか?いつか僕が僕の心に正面から向き合い、僕という人間をまるごと受け入れて、僕の口から僕自身の言葉を人に伝えられる日が来るんだろうか?僕はぼんやり思う、この人形が壊れる時と、僕が死ぬ時は一緒だ。これは肉体的な意味ではないよ。多分きっとそれで僕が完結するんだと思う。君には僕の生き様を見守ってくれたら嬉しいと思っている。直近の公演案内を同封するから、是非来て欲しい。最前列を確保するよ。









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