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華物語

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#短編

華物語:蓮

華物語:蓮

 少女は、拾われ子だった。親切な豪商の主に、使用人にちょうどいいと拾われ養われ、そのまま育ち望まれるままに仕事をこなしていただけだった。
 なのに。
「最上の幸せをやろう」
 厳かな声に、少女は首を傾げた。
 金の瞳に、銀青色のうろこに覆われた姿は荘厳の一言だ。大きな龍が空に浮かんで少女を見下ろしている。長い髭がゆらゆらと宙に及び、右の爪には美しい宝玉がはまっている。
 その大きく美しく、高貴なる

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華物語:縷紅草

華物語:縷紅草

 くて、と机にうつぶせた同居人は、小さなうめき声をあげたきり、動かなくなった。なんとなく見守っていたら、ちょうど三分間経った。
「カップラーメンができあがるなぁ」
 さすがに三分間も見つめ続けると動かないものを見ているのにも飽きてきて、のんきにつぶやいたりしてみる。つぶやきを耳にしてか、うつぶせた同居人がぴく、と小さく動いたのを視界の端にとらえた。それを目にして、おやこれは、といたずら心が働いた。

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片栗

片栗

 空があんまり青いから。
 だから、私は。
 
 憂鬱だ、と顔に書いてある。
 鏡をのぞきこんだ私は、向かいに映る自分を睨み付ける。
 なんでそんなに不機嫌なの? 己に問うが答えは返らない。
 私が口を開かないからだ。眉間によったしわ、への字にまがった唇。そしてどんよりと濁った目。
 何がそんなに気に入らないの?
 わからない。
 ますます寄った、眉間のしわに右の人差し指をあてて。ぐりぐりと引き伸

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柳薄荷

柳薄荷

 私は今日、殺される。
 物騒な話だが、目の前の事実は私にそう思わせてしまうほど、衝撃的なものだった。

 任務、未達成。

 それすなわち、死。
 真っ赤な舌と、真っ白な尖った歯。大きく開いた口からのぞく赤と白が、ぐんぐんと近づいてくる。
 とっさに手をかざしてみても、家を越すほどの巨体に対して、人間の腕二本で防げるはずもない。
 呪文を唱えようと開いた唇は、はくはくと動き息を吐くだけで全く意味

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藤

 忠告は、重いものだった。

『囚われるでないぞ』

 ――もう、遅い。

 指がかけられた扉は、ぎしりと音を立てた。横にずれ、内部を無防備にさらしだす。
 久しく人の気配がないまま放っておかれた建物特有の空気が鼻をつき、外へと流れ出ていく。
 入れ違いのように、生ぬるく湿った外気が袂を揺らして部屋の中に流れ込んでいった。
 まるで誘われているようだ。誰もいないはずの空き家のはず。けれど、誰かにそ

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吾亦紅

 ”言葉を必要としない愛も、存在するの。”

 証拠とするかのように差し出されたのは、赤色の小さな果実をつけたような、花。
 その言葉の意味に、気づいて嬉しくなったのは当然。

 御伽話のようなことはあるのだと、ずっとずっと信じていた。
 それこそお姫様や不可思議な冒険譚。
 ずっとずっと、信じていた。

「まぁ! わたくし嬉しいわっ!」

 また、あなたに会えて。
 彼は、父の教え子の一人。文明

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冬薔薇②

「……………薔薇?……」

 小さな、やっと蕾をつけ、ほころび始めた花びらを懸命に空へと向けている。
 小さいけれど優美な線を描く茎には同じく小さなとげ。そして小さくとも質感を持った何枚もの紅色の花びら。
 生き生きとした花びらと、まとった氷のかけらが光る。
 それは、生命の輝きだ。
 周りの静寂が、凍ったように止まった気がした。魅入られたように、動けない。
 けれど惹かれるように指先はその小さな

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冬薔薇①

 寒さに耐える花の美しさを、彼は見た事があったろうか。
 一面に降り積もった雪に埋もれる世界の中、凛と誇らしく咲いていたことを、私は忘れない。
 そして、彼に教えたいと思ったことを。
 彼の幸せを、願ったことを。

…   …   …   …   …   …   …   …   …   …   …

 その花は、真冬に一厘だけ、ぽつりと咲いていた。

「そろそろ、外に出ない?」

 何度目だろうか

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撫子

 幼い頃の夢が、現実になることは、そう多くはない。
 時の経つうちに変化し、またそれ自体が消滅してしまうこともある。
 だいたいがそうだ。それが、この世界のルールと言っても良いほどの現実で。
 では、諦めることもできず、また実現することも叶わぬこの夢は、なんだろうか。

 未練、だろうか。

 それとも自分がまだ子どもなのだということだろうか。

 祝いの日は、いっそ憎らしいほどに晴れ渡っていた。

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菜花

「っ!」
 悲鳴が、室内に響き渡った。
 次に聞こえた声に、漏れたのは安堵のため息と緩む笑み。
「おめでとうございます」
「姫御様でございますよ」
 白磁の肌に、頬にのみほんのりと赤みがさした口元が三日月に割れた。
「そう……」
 ほぅ、と一息漏らすと出産を終えた女性は眠りについた。
 深い、ふかい眠りの底に。

 見たのは、小さな希望と夢幻。
 掻き消えたそれを胸に抱いて、ここまで来たのだと、彼

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菊華

 月を見ると、切なくなる。胸が締め付けられるような感覚で、息がしづらい。いま、自分が息を吸おうとしているのか、吐けば良いのか、戸惑ってしまう。
 なぜか、などということはわからない。
 秋は、空気が澄んできて星や月がはっきりと見える。その光は、紺色の夜空に飾りをまいたかのように、夜空に映えてきらきらしい。
 でも、それを見ようともせずに頭から布団を被って涙をこぼさないように目をぎゅっとつぶって眠ろ

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秋桜

 コスモスの香る季節。
 また、あの手紙がやってくる……

 それは、数年前から届くものだった。
 郵便受けに、一通の手紙。封筒の中には一枚のポストカード。様々な美しい景色の描かれた。中には必ずコスモスの花が写っている。
 そして、毎年のこと、コスモスの花が一輪添えられている。届くのはもちろん、コスモスの季節。
 今年もふと郵便受けをのぞくと一通の手紙が花と共に現れた。

「母さん~今年もまた来た

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金木犀

「むせ返るような、匂いが嫌い」

 その言葉に、何も返すことができなかった。
 祈りの言葉は今も届かず、空に彷徨っている。
 きっと。―――

 今年も秋は巡ってきて、金木犀の華はチラチラと舞う花びらよりも その薫りを誇るように強く振りまいている。
 いつのまにか人の背丈ほどの大きさになって、枝葉を広げたその木を見上げて、
「どうして、こんなに匂いが強いんだろう」
 文句のように言葉がこぼれ落ちた

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曼珠沙華

 真っ暗な、上も下もない世界。もちろん左右も、ない。
 感覚に頼ることもできない、ただ茫漠とした闇が広がっている。
 そんな中、『目を開いた』という感覚がしたのは奇跡に等しい。
 『自分』を認識することができたのも。
 そんな空間の中で。

「……は?」

 確かに喉を震わせたはずの言葉だったが、響き渡り、耳に響き広がるはずの音は、なかった。おかしい。本来であれば、己が声くらい聞こえても良いものを

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