秋桜
コスモスの香る季節。
また、あの手紙がやってくる……
それは、数年前から届くものだった。
郵便受けに、一通の手紙。封筒の中には一枚のポストカード。様々な美しい景色の描かれた。中には必ずコスモスの花が写っている。
そして、毎年のこと、コスモスの花が一輪添えられている。届くのはもちろん、コスモスの季節。
今年もふと郵便受けをのぞくと一通の手紙が花と共に現れた。
「母さん~今年もまた来たよ。『秋の便り』」
いつのころからか、その不思議な手紙のことを母は『秋の便り』と呼ぶようになっていた。
「コスモス」は「秋の桜」と書くことから、『秋』を運ぶ。と言う意味らしい。
「あら、じゃあもうそろそろもみじが紅葉するわね」
消印の書かれていない封筒を受け取って、母は花がほころぶように笑った。
『秋の便り』が届くと、遠くの山に雪が降り、山々の紅葉が始まるのだ。
「誰からなんだろうね。本当」
「そうね。でも、凄いわね。毎年毎年欠かさず送って下さって、秋が来るのをぴたりと当ててしまうんだから」
母はそう言って、ころころと笑った。
どうやら何かを知っているらしい口ぶりだ。
「誰か、心当たりがあるの?」
尋ねると、目を丸くして
「そんなわけがないでしょう?人には無理よ。自然が全部わかる人なんているはずが無いんだから。ただね、昔聞いたお話に良く似てるなって。今年初めて思い出したんだけど」
遠い夢を見るような、幸せな笑顔を浮かべて、言葉を紡ぎだす。
「昔ね、小さな小さな森に、たくさんの花の妖精が住んでいたんですって。花といっても色々あるから、まぁそれぞれで暮らしていたんでしょうけれど。それでね……」
花の妖精は、それぞれで集まって自分の花の種を世界にまいて、世界に自分の花を咲かせていた。
妖精たちには花の女王様がいて、その年の咲いた様子などを報告して、女王が季節や天候を調整していた。
毎年の花の報告には手紙が用いられていた。それには自分の花が一番良く咲いた様子を表したものと、一番良く咲いた花を添えるのが常の話であった。
花の女王はどんな花も愛しいと思っているから、毎年の便りを心待ちにしていた。
ある日、コスモスの妖精が花の女王のもとへ直接花の様子と花を届けに来た。
そして、とても重要でとても楽しいことを見つけたような顔で言った。
『我らが花を愛でるように、他にも愛でる者がいるそうです。『人』というそうでございます。ゆえに考えたのですが、この手紙を女王様がご覧になった後、人のもとへ送ったらどうでしょうか? そうすれば、花の季節を人が知って、もっと愛でてもらえそうではございませんか?」
それに花の女王も喜んで賛成し、毎年、季節の花々の手紙を女王が見た後、人に届けられるようになった。
届けられるのは、それぞれの花を一番好きでいてくれる。と言う人のもとへだそうです。
「だからね、ある花を好きな人がいたら、その人のもとへ花の様子と花が届くんですって」
話し終わったあと、母は
「もしかしたら、そのお手紙なのかもしれないわね」
さらに嬉しそうに言った。
「へぇ~」
そんな童話があったなんてね。と返して、そのお話はおしまいになった。
手紙はいつものように母がファイルに保存し、花は押し花にしていた。
その夜。
ふと目覚めると、小さな白いものが見えた。
起き上がって窓の外を見ると、パラパラと小さな白いものが家の近くを降っていた。
中には薄い桃色もある。
遠く山を見れば、山はすでに薄く白くなっていた。
「今年は少し外れたかな?」
そうつぶやくと、笑いがこみ上げた。きっと自分は今、手紙を受け取ったときの母のように笑っている。
家の近くに降ったのはどこからきたのかわからないコスモスの花びらだったが、明らかに紅葉は始まっていた。
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